水星

SS集26~33

「風邪をひくなよ」やわらかな温もりに鼻先を埋める。父の好む香りがうっすらとグエルの鼻腔をくすぐった。知らず兄の目元が弛むのをラウダはじっと見つめている。兄が貸してくれたマフラーはとても温かい筈だ。それなのに。「まだ寒いか?」きゅっと握られた…

内側の世界

「グエル先輩はいつまでサンタクロースのこと信じてたっスか?」突然の話題にグエルは一瞬だけ足を止めかけ、再び歩き出す。等間隔を保ったまま足を進めるラウダはフェルシーの問いかけに視線をちらり、斜め上へ向けると過去に思いを馳せた。サンタクロース。…

Happiness Tone

クリスマスに風邪をひくなんて。自分の情けなさにじわりと天井が歪む。いつもなら熱が出たぐらいで落ち込むことなんてないのに、なんだか今日ばかりはダメみたいだ。ずっとこめかみのあたりがずきずきと痛いし、熱が上がってるのか息も苦しい。楽しみにしてい…

追憶の庭

幼い頃、兄の後ろを追いかけ向かった先に白く丸い石があった。庭の片隅にぽつんと置かれたそれは普段遊んでいる時には気付くこともなく、けれど一度訪れてみれば庭に出る度視界へ入ってきた。つるりと滑らかな表面で真っ白く、ふれてみるとさらりとした手触り…

僕と兄さんと珈琲と

兄さんの淹れるコーヒーが好きだ。コーヒーなんて、小さい頃は好きじゃなかった。父さんは美味しそうに飲みながら「お前たちにはまだ早いな」なんて笑っていたけど、次の日から苦味に眉を顰めて無理矢理コーヒーを飲む兄さんが現れた。僕の前にはミルク入りの…

絡めた指が愛になる

夢を、夢を見ていた。目の前にいるのは幼い頃の兄さん。まだ髪も染めていなくて、背は僕より少し高いくらいで、でも二人とも全然父さんには及ばなくて。「いつか父さんを追いこすんだ!」って、牛乳を飲み過ぎてお腹を壊した、多分それぐらいの頃。僕はといえ…

薬指にくちづけを

CEOがミオリネ・レンブランと婚約したニュースは立ちどころに駆け巡った。一度はガンダムを駆る少女に破れ失ったホルダーの座を、再び手に入れたらしい。そこから即婚約とは畏れ入る。会社のためなら何をも厭わないというのは真実のようだ。「この後はミオ…

唇に指を這わせ

珍しいこともあるものだと、シャディクは足を止めた。決闘委員会のラウンジは常に誰かしら集まっていて一人きりになることは少ない。ジェターク寮寮長であり常に数人と行動を共にしているグエルが一人で――それも無防備にうとうとしているなんて――明日は突…

触れた指先にうずく熱

※23話視聴前に執筆したため、齟齬があります。兄さんと初めて会った日のことは生涯忘れないだろう。失礼がないようにと母から言い含められ連れて行かれたジェタークの屋敷。それはそれは豪奢で、こんな家に住む同い年の兄弟なんてどうせいけ好かない奴なん…

指だけ、そっと

軌道エレベーターへと征く道、夜通しの移動は危険だとオルコットが判断したため二人は廃屋の片隅に身を寄せた。灯りは小さなランプが頼りだ。オルコットの差し出す携行食糧に初めは首を振ったグエルだったが、「また食わせてやった方がいいか?」の一言に慌て…

小さい兄さん②

兄さんが縮んだ。初めに聞いた時はカミルがおかしくなったのかと思ったがどうやら事実らしい。何故か地球寮にいるという兄さんの元へ急ぐ。また水星女なんぞの所に行っていたのか。それも僕に黙って。「兄さん!!」「うひィっ!?」愚鈍には目もくれず部屋の…

小さい兄さん①

朝起きたら体が縮んでいた。――自分でも何を言っているかと思うが、事実目に見える腕も手も足も短く小さくなっている。手なんかぷにぷにだ。何故。服を着ていないのは昨夜、あー……とりあえず、だ。軽く頭を振ったり手を握ったりしてみる。気分が悪いわけで…