クリスマスに風邪をひくなんて。
自分の情けなさにじわりと天井が歪む。いつもなら熱が出たぐらいで落ち込むことなんてないのに、なんだか今日ばかりはダメみたいだ。ずっとこめかみのあたりがずきずきと痛いし、熱が上がってるのか息も苦しい。楽しみにしていたパーティは不参加だし、初めての兄弟そろってのクリスマスだからとラウダのためにずっと前から準備していたプレゼントはクローゼットに隠したまま。それに独りぽっちでベッドに寝ているとやけに部屋も静かな気がしてまるでシーツの中に埋まっていくような気分だった。
いっそ閉じこもってしまえば諦めもつくかとブランケットを頭上まで引き上げる。真っ暗闇の中、自分の呼吸だけが聞こえる。目を瞑って寝てしまいたいと思うのに頭も喉もじりじりと痛くて眠気なんてちっとも訪れてくれなかった。
「……にぃさん」
僅かに聞こえた声。間違えるはずがない、弟の声。
「にいさん、ねちゃった……?」
小さな小さな声はおれを気づかう弟の優しさだ。無視することもできなくて暗闇の中、もごもごと口を動かす。
「ラウダ……?」
「っ、うん。ぼくだよ。ごめん兄さん、起こしちゃった?」
「……全然。眠くなんなくて困ってた」
顔を半分くらい出すと思ったより近い位置に弟は立っていた。ベッドサイドに膝をついてこっちを覗き込んでいる。安心したように肩を下ろしつつ、文字通り「しんぱい」の表情を浮かべておれを見るラウダに「どうかしたか?」と聞けばこくりと丸い頭がうなずいた。
「ちょっとだけでも兄さんのお見舞いに来たくて。移るといけないから少しの間ならって、父さんが」
「とうさんが……」
「うん。父さんもあとで来るって言ってたよ」
父さんが来てくれる嬉しさと、父さんに情けないとこを見せたくない気持ちとがぐるぐるお腹の中で渦巻いてるみたいだ。ぐにゃ、と歪んだ顔に気付いたのかラウダが慌てたように言う。
「父さんも心配してたよ。それと、パーティはまた明日ちゃんとやろうって」
「あした?」
予想外の言葉にブランケットを首のあたりまで下げる。
「明日、兄さんが元気になってからちゃんとみんなでしようって。お仕事も年が明けるまではお休みだから、きっと大丈夫だよ」
「…………そっか」
「ちょっと元気になった……?」
うん、と頷いた拍子にまたこめかみがズキンと痛む。早く元気になりたいのに、ラウダの喜ぶ顔が見たいのに。なんだかこの痛みがずっと続くような気がしてまたじわりと視界が揺らいだ。
「ぅ……」
「兄さん、つらそう……ぼくが変わってあげられたらいいのに」
「ばか。ラウダが辛いのをおれが喜ぶわけないだろ」
強がりだけど本音でもある。当のラウダはなんとも言えない表情をしているけれど。
眠れたら楽なのに、と思ったつもりが声に出ていたらしい。ラウダがはちりと瞬く。
「こもりうた、とか……?」
今度はおれの方が瞬きをする番だった。
「ラウダ、なんか歌えるのか?」
「子守歌はよく知らないけど、うーん……この前習った歌なら、たぶん」
でもあんまり上手じゃないよ、と遠慮する弟の手をそっとにぎる。冷たくて気持ちいい。
「おれ、聞きたいな。ラウダの子守歌」
きかせて、とねだるように見つめる。琥珀色の瞳がちかちかと星みたいに瞬く。
むにゅ、と唇を寄せたラウダはひとつ息を吐いて、それからゆっくりと吸った。
「聞け鐘の音を、快い銀の鐘を、語りかけてくる、不安は消え去ると……」
原語で歌われる詞の意味はところどころ記憶があやしいけれど、甘やかなラウダの声は心地よく耳に響いた。流れるように紡がれていく音の快さに瞳を閉じれば歌声が痛みをさらっていくようで、一つずつ呼吸が深くなっていく。
「……兄さん……?」
そうっと声をかける。返事はない。
柔らかな呼吸に合わせてブランケットが上下するのを見て、ラウダは安堵の息を吐いた。額に汗の粒は浮かぶものの、先程までの辛さは薄らいだようだった。穏やかな寝顔を見つめる。
父との約束は十五分で、残された時間はもう僅かもない。けれど繋いだままの手が時折きゅっと握られるのを、離しがたい気持ちでずっと見つめている。早くその蒼に自分を映して欲しいような、このままずっとふたりきりでいたいような、形容しがたい想いが小さな胸の中にひっそりと横たわっている。
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