「グエル先輩はいつまでサンタクロースのこと信じてたっスか?」
突然の話題にグエルは一瞬だけ足を止めかけ、再び歩き出す。等間隔を保ったまま足を進めるラウダはフェルシーの問いかけに視線をちらり、斜め上へ向けると過去に思いを馳せた。サンタクロース。クリスマス。きらびやかな装飾と豪勢な食事。ジェタークに引き取られてからは当たり前のように毎年準備されるそれらは、どこか絵本で見た景色にも似ていた。まるで窓の外からこどもが暖かそうな室内を覗き込むような、そんな景色。
「ラウダ、ラウダ!」
おきろよー、と揺さぶられて目を覚ます。学校はとっくにホリデーに入っているしいつもならもう少し遅くまで寝ていられるのに。きれいな眉をきゅっと顰める弟にグエルは「おはよう」と笑顔を向ける。それだけでラウダの機嫌は直ってしまうし、兄に起こされるのは全く嫌じゃないのだからほわりと笑みを浮かべた。
「おはよう、にいさん。どうしたの?」
「どうしたのって、お前まさか来週が何の日か知らないのか!?」
「来週? クリスマスだよね」
「そうだよ、クリスマス! それなのにお前まだ書いてないだろ」
「……書く?」
首を傾げる弟の姿にグエルは疑惑が確信に変わったらしかった。まだラウダに温もりを与えてくれていたシーツを勢いよくはぎ取る。
「兄さん!?」
「よし、ラウダ。書くぞ!」
「だから何を?」
シーツをそっとたぐり寄せつつ聞けば、グエルは満面の笑みで応えた。
着替えて朝食をとり赴いたのはグエルの自室だ。案外と几帳面に整理された引き出しを何やらがさごそ探していた兄は数枚のカードを携えて戻ってきた。毛足のふわふわとしたラグに置かれたローテーブルへとそれらを並べる。赤、緑、白、紺、地色はそれぞれ違いながらも色とりどりの装飾が施されたカードにはどれも同じ言葉が印字されている。
「好きなやつ使っていいぞ。俺はもう書いたからな」
「兄さん、もしかして書くのって」
「うん? サンタさんへの手紙、ラウダはまだ出してないだろ?」
やはり。そんな気はしていた。
ぽかんとした弟の表情に勘違いしたのか、グエルは兄さんぶった様子で説明を始める。時折こうしてラウダに何かを教えられることがどうやらグエルは好きらしかった。ラウダはラウダで兄が自分のことだけを見て自分のためだけに話してくれるのが嬉しいので黙って聞いているが、幼馴染たちはこれが始まるといつの間にか姿を消していた。
「ってわけで、今年のラウダがちゃんといい子だったことをサンタさんに知ってもらわなきゃだろ?」
「ぼく、いい子にできていたかな……?」
「? あたりまえだろ。オレはラウダがいてくれて嬉しいんだから」
正直なところ、ラウダにとって今の兄の言葉だけでプレゼントは充分だったし、知らない老人からのプレゼント――それも親がバレてないと思って秘密裏に行う行事でしかない――などよりよほど価値のあるものだった。けれど兄の気分に水を差したくもない。
「……それなら書いてみようかな」
弟の答えに本人より嬉しそうな顔をしながら、グエルはテーブルに並んだカードをもう一度示した。
「どれにする? 父さんがどれがいいか分からないからってたくさんくれたんだ」
「ふぅん……」
父のことを嬉しそうに話す兄はあまり好きじゃない。でも兄のことは好きだから「父さん、優しいね」とだけ返してすぐに一枚を手に取った。赤地に金の文字が輝くシックなカード。
「それがいいのか?」
「うん。これがいい」
獅子を思わせる色合いに兄が重なる。他のカードはツリーやリース等分かりやすい柄が描かれているが、ラウダにとってはこれが最上の一枚だった。
少し意外だったのだろうが、それでもラウダの気に入るものがあったことにグエルは笑顔で頷く。
「じゃあサンタさんへの手紙書いて、一緒に出しに行こうぜ」
「兄さん、まだ出してないの?」
「ラウダだけ残しておいて出すわけないだろ」
あたりまえだろ、とばかりに今度はグエルが首を傾ける。またしても嬉しいプレゼントをもらってしまった。ラウダの胸がとくとくと音を立てる。それだけでなく胸の内側から何かあたたかいものが広がっていくようで、ラウダは小さな手で胸元をきゅっと掴んだ。
「は? サンタクロースなんてものいるわけないじゃない」
「ミオリネ!」
親に連れられて参加した寄付金集めのパーティ。顔色窺いに来る連中が煩わしくて同年代の顔馴染みと集まった場で、ミオリネ・レンブランがそれを投下した。いつになく声を荒げた兄の姿に、ラウダは理解した。兄がサンタクロースの正体をとっくに知っていたことも、弟のために子どもらしくはしゃいで見せてくれたのだということも。
「うるっさ……シャディクだってあんなの信じてないでしょ?」
「うーん、俺は信じる子の気持ちを大事にしてあげたいかなぁ」
「……そうやって誰にでもいい顔するわけ」
「思いやりと言ってほしいね」
兄弟をそっちのけに会話する二人を睨みながら、グエルははたと斜め後ろを振り向いた。その顔には困惑と謝罪と悲しみがありありと見えた。ラウダは一瞬考えた後、困ったような苦笑を浮かべることにする。
「ごめん、兄さん……実はぼくもこの前誰かが話してるの聞いちゃって……」
気付いたのは本当に最近なんだけど、と付け足すことも忘れない。兄が弟を喜ばせようと見せてくれた幻は確かに形をもってそこに在ったのだから。
「いつまでってのは覚えてないけど、ラウダとサンタクロースへ手紙を書いたのは楽しかったな」
「あれから毎年の恒例行事になったものね」
結局のところ、サンタクロースがいるかどうかは些末なことで、二人で思い出を共有したかったのだろう。幼心のなせる素直さが今の二人には眩しく映る。
「手紙っスか!? ええ〜、わたしなんて欲しいものリストになって親に怒られたっス!」
「はは、フェルシーらしいな」
「ひどいっス! ペトラぁ〜!」
「うーん、私もグエル先輩と同感だから助けられないなあ」
「うっ……カミル先輩……」
「……まあ、子どもらしくていいんじゃないか」
「それフォローになってます!?」
食堂へ向かいながら話題は寮でのクリスマスパーティへと移っていった。今年のクリスマスは賑やかになりそうだ。
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