追憶の庭

幼い頃、兄の後ろを追いかけ向かった先に白く丸い石があった。
庭の片隅にぽつんと置かれたそれは普段遊んでいる時には気付くこともなく、けれど一度訪れてみれば庭に出る度視界へ入ってきた。つるりと滑らかな表面で真っ白く、ふれてみるとさらりとした手触りのそれは庭の飾りとも彫刻とも違って見えて、ラウダはことりと首を傾げた。大切なものなのか、誰にも見向きもされないものなのか。気にはなるものの、迎えられた屋敷で覚えることや学ぶことは多く気付けば意識の外に追いやられていた。
ある日曜日だっただろうか。
グエルの行く先にラウダがついていくのはいつものことで、兄の表情や声の調子から何しに行くのか大方の予想がついていた。しかしその日のグエルは見たことのない顔をして、見覚えのないものを持っていた。花だ。およそ花になど興味を示さない兄が、なぜ。ラウダはその手にある花をじっと見る。
数本の茎の先に小さな花がたくさんついている。黄色の花心を中心に青みのある紫色の花びらが放射状に伸びている花はとても鮮やかに見えた。屋敷の中庭には豪華な――ラウダの読む物語にも出てくるような花も多く咲いているが、これには見覚えがない。
花束とも言えないようなそれを片手にしっかと掴んだ兄は、物静かに「行くか」とだけ聞いた。首肯したラウダが後に続き、辿り着いたのは例の場所。
グエルは手にしていた花を石の前に置くと腰を下ろし、細い腕で膝を抱えた。
しゃがんだまま見つめる小さな背中も、庭のどこで摘んできたのかそっと供えられた紫の花も、表面に刻まれた「Aster」の文字も、なぜかラウダの記憶に鮮明に残っている。
お墓なの、と訪ねた幼い弟にグエルはほんの僅か言葉に詰まると、こくりと頷いた。
――昔、この家で飼ってたんだ。飼ってたっていっても家族みたいで、父さんと母さんと一緒に可愛がってた。おれより大きいんだけど優しくて、あったかくて、いつも傍にいてくれて。
ぽつりぽつりと思い出すように語る言葉には寂しさが横たわっている。
「……兄さん」
一歩進み、隣へしゃがみこむ。じいっと見つめてもまんまるの石が応えることはないが、なぜだか温もりが伝わってくるようだった。今度は一緒に花を摘みに行こうと決めながら口を開く。
「ぼくは兄さんの隣にずっといるからね」
そう言えば、きょとんとした顔が返ってきた。何か間違ったことを言ってしまっただろうかとラウダの頬がじわり熱くなる。けれどグエルは愁眉を開くと「そっか」と短く答えた。そっかぁ。確かめるように、もう一度。返事をするというよりは、自分に言い聞かせるように。
「……そうだよな、おれたち兄弟だもんな」
そう言って柔らかく微笑んだ兄の顔は、未だ甘やかな痛みを伴ってラウダの胸に残っている。

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