小さい兄さん②

兄さんが縮んだ。
初めに聞いた時はカミルがおかしくなったのかと思ったがどうやら事実らしい。
何故か地球寮にいるという兄さんの元へ急ぐ。また水星女なんぞの所に行っていたのか。それも僕に黙って。
「兄さん!!」
「うひィっ!?」
愚鈍には目もくれず部屋の中央にあるテーブルへ近付く。
「そんな声出さなくても聞こえてるわよ」
ミオリネに睨まれるが知ったこっちゃない。兄さんの一大事なんだぞ!?
白いテーブルの上でもぞりと小さなかたまりが動く。揺れる桃色の髪は、ああ、確かに兄さんだ。
「ら、らうだ……?すまない、こんなことになって」
しゅんと項垂れる兄さんはそのサイズ感もあってとても可愛……落ち込んで見えた。何か分からないけどそわそわする気持ちを抑えて深呼吸する。
今一番不安なのは兄さん本人だろう。僕が支えないと。
「大丈夫、兄さんのことは僕が見るから。一旦僕の部屋に行こう?」
「あ、ああ」
立ち上がっても十五センチに満たないぐらいだ。でも全体が縮小しただけで、バランスのいい肢体も柔らかい髪も、美しい瞳だって何一つ変わらない僕の兄さんだった。
そっと差し出した両手の上に、兄さんが飛び乗る。ゆっくり、できるだけぶれないように高さを上げると、小さな兄さんと視線が合った。
「悪い、しばらく世話になる」
「全然気にしないでいいよ。いくらでも僕の部屋にいてくれて構わないし」
「いや、ジェターク寮は構うだろう」
「カミルうるさい」
「ラウダ、カミルが小さくなった俺のこと見つけてくれたんだぞ。そうじゃなきゃ犬にでも食われるところだった」
「ごめん、言い過ぎた」
近くで見ていたチュアチュリー・パンランチが「手のひら返しかよ」と呟くが兄さんが言うことに間違いなんてないに決まってるだろう。
「ひとまず寮のことは俺とラウダでどうにかするとして、どうしたら戻るんだ?」
「それはこっちでも調べるから。何か分かったら端末に入れる」
「すまん、頼んだ」
ミオリネに頭を下げる兄さんなんて見たくないが、それ以上に腹が立つのはずっとびくびくしながらこちらを見ている水星女だ。思わず睨みつけていたらしく相手が悲鳴を上げる。それでも何か言おうと視線を右往左往した後、「あのっ」と一歩踏み出してきた。仕方なく両手をゆっくりと動かし方向を変える。
「スレッタも、驚かせて悪かったな」
「いえっ! それはっ、大丈夫、ですっ! ぐ、グエルさん、早くっ、元に戻るといい、ですね……!」
「ああ。ありがとう」
穏やかな声。ほんの少し照れくささも混じったような。――面白くない。
「うわっ、ラウダ!?」
平らに広げていた手のひらを椀の形に変える。指先が壁のように目の前を塞ぎ、兄さんが慌てた声を出す。違う、これは別に水星女を見せたくないからとか、そういうのじゃない。そう、兄さんが落ちたら危ないからしただけだ。
「兄さん、移動するから座ってくれる? 万が一にも落としたら心配だから」
手の中を覗き込んで言えば、兄さんは「それもそうか」と腰を下ろしてくれた。手のひらでもぞもぞと動く感覚がこそばゆい。
不意に、このまま手を閉じれば兄さんはずっと僕の傍にいてくれるのだと、甘い――恐ろしい誘惑が脳裏を掠めた。僕は何を考えているんだ。兄さんの素晴らしさを僕一人が独占するなんて、そんなことあってはいけないのに。
「ラウダ? 大丈夫か?」
カミルの声に、我に返る。
「うん。それじゃあ兄さん、動くけどもし気持ち悪いとかあったらすぐ言ってね」
「ああ。頼む」
寮へ向かいながら、今の兄さんのために必要な道具を頭の中でリストアップしていく。果たしてどれぐらいの期間このままなのかは分からないけれど、まずはふかふかのクッションと広めのベッドを用意しなければ。

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