指だけ、そっと

軌道エレベーターへと征く道、夜通しの移動は危険だとオルコットが判断したため二人は廃屋の片隅に身を寄せた。灯りは小さなランプが頼りだ。
オルコットの差し出す携行食糧に初めは首を振ったグエルだったが、「また食わせてやった方がいいか?」の一言に慌てて受け取り、もそもそと口を動かす。
味も素っ気もない食事に、自らが安穏と生きてきた日々と地球に住まう人々との違いを自覚する。けれど生きなければ。父と己を繋ぐものを守るために。
どうにかして嚥下したのを視線の端で確認したのか、オルコットは包みをぐしゃりと握ると短く「寝るぞ」と声をかけた。毛布の一つもなくコンクリート剥き出しの建物は、それでも雨風を凌げるだけマシなのだと理解している。だが、グエルの瞳が不安げに彷徨ったのを見てとったのか、オルコットは置いてあるバッグから上着を一枚取り出す。「使え」とだけ言って放ったそれをグエルは大切なもののように抱き締めた。
小さく丸めて頭の下に置く。すん、と息を吸い込むと、土と埃、それから血の匂いがした。
静かに寝返りを打つ。
男はこちらに背を向けて横になっていた。静かな吐息。寝入るには早いが、これ以上話すつもりはないのだろう。
抜け殻同然だったグエルを見つけ、拘束し、今は宇宙への帰還を助けようとしてくれている。グエルが知っているのは彼が「オルコット」と呼ばれていることと、腕の良いパイロットであることだけだ。それでも、それ故に、知りたいと思った。彼の腕が失われた経緯を、グエルを見つめる瞳が惑い揺れた理由を。
振り向かない背中に、そっと指を伸ばす。
空を掴んだ手を引き寄せると、グエルもまたきつく目蓋を閉じた。

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