それらすべて愛しき日々 - 4/5

In the office

ジェターク社のフロント、その奥にある一室でCEOたちが顔を寄せながら話している。夕刻を過ぎ、本日の来客やミーティングも全て済んだ。
相変わらずブリオン社から来訪する二人組に振り回されそうになりながらも学園にいた頃のような気安さがグエルは嫌いではない。
共同CEOとして再建に取り掛かった当初は隣でラウダがこめかみに青筋を立てていたが、今では随分と落ち着いた。自分の前でもその気質を顕にしてくれることがグエルとしては嬉しかったのだが。以前酒の力を借りてそんな話をしたら弟が見たことのない顔をしていたので、今日も笑顔の裏にその想いは封印する。
「兄さん?」
会話が途切れたことを怪訝に思い問いかけたラウダに何でもないと返す。せっかく弟が穏やかに過ごせるようになってきたのに水を差したくない。
「……良くないこと考えてない?」
「良くないことって、何を」
「僕のことを勝手に決めて自己解決してるってこと」
「そんなことは……」
ないよ、と断言しきれず口籠もったのを見逃してくれる相手ではなかった。机越しに向かい合っていたのをつかつかと回り込んでくる。立ち上がろうとしたところを片手で押さえ込まれる。
(……困ったな)
「今、困ったなって思ったでしょ」
「なんで分かった?」
「むしろなんで分からないと思ったの? 思ったことは僕に話してって言ったよね」
「いや、大したことじゃ」
「それは僕が決めることだよ、兄さん」
随分言うようになったな、と思ったことすら見抜かれている気がする。
これ以上誤魔化せば弟は斜め上の解釈をしてしまいそうで、グエルは片手を額に当て息を吐いた。
「――お前が、随分落ち着いたものだと思って」
「僕が?」
「今日もケレスさんたちが好き勝手言っていただろう。少し前のお前なら突っかかっていったのに、今日は大人しく聞いていたじゃないか」
「それは……兄さんが満更でもない顔してたからだよ」
「俺が?」
ラウダが視線を横にやる。少し短く切りそろえた前髪を指先に巻き付け、きゅっと握る。
(久しぶりに見たな)
いつの頃からだったか、弟が何か思うところがある時にする癖だ。
「そんな変な顔をしていたか?」
「変とかじゃなくて、……嫌じゃない、みたいな」
相変わらず指先は髪を弄んでいる。まだ言いたいことを言ってないのだろうと思い、グエルは背中を椅子に預けた。ここのところ仕事に忙殺されてゆっくり話す暇もなかった。どうせ今日の業務はもう終わっている。弟を甘やかすのは兄の特権だ。
「うちの利益を渋いものにされるのは困るが、あれであの人もセセリアも有能だからな。揶揄われるのもここでならまあ、構わん」
メディアに出ている時にされてはジェターク社が舐められるようで困るが、彼らはそのあたりはよく分かっている。閉じた場所だからこそ許される距離感というものを。それがラウダの癪に障ることも、彼らは分かっていてやっている節がある。そしてそれを止めないグエル自身も彼らと同罪ではあるのだが。
「兄さんがそれでいいなら良いけどさ」
ふいっと顔を背けるその頬が小さく膨らんでいるのを見つけ、グエルは昔のことを思い出す。何でも自分の後をついてくる弟だったが、パーティーなどでグエルが企業グループの後継者たちと歓談している時にはそっと服の裾を引っ張り不器用に甘えていた。その時の顔とそっくりだ。
「ラウダ」
穏やかな声が耳朶に響く。
社の人間や来客がある時には決して聞くことのない甘やかな声。
「……兄さん、そうすれば僕が折れるって分かってるでしょ」
「そんなことはないが?」
いつかの無理矢理な顰めっ面ではなく、彼本来の蒼い瞳が円くラウダを見上げている。
促されるまま歩を進め、グエルの足の間に立つ。いつも見上げる兄を上から見るのはなんだか気恥ずかしい。両肩に手を置いて屈み、上向いた兄の唇に自分のそれを寄せる。首筋からふわりと香るオードパルファムにくらりとしながら許された唇を味わった。
互いの息が上がっていくのに興奮を覚えながら角度を変えて唇を食む。応えるように薄く開かれた隙間から舌を差し込めばぬるりと受け止められる。何度も絡め合って、離れて、時折漏れる息の音にまた煽られる。息苦しさにラウダが体を起こすと、自然とグエルも椅子から立ち机に腰を預けた。
「ん……っ」
「兄さん、もっと……」
向かい合った身体が密着する。先程のように兄を見下ろしてするキスも悪くはないが、ラウダはこうして少し背伸びをしながら兄に口付けるのが好きだった。幼い頃そうしていたように。
「っラウダ、その、ここで……?」
キスの合間に慌てたような声がする。
てっきり抱き締めてキスをするだけのつもりだったグエルだが、ラウダが腰を押し付けてきたのでその先を求められていると理解したからだ。弟を呼び寄せた時点で部屋の扉に施錠はしてあるが、果たしてここで致すのは如何なものだろうか。職場であり、かつては敬愛する父が使っていた部屋だ。
グエルの逡巡に気付いたのか、ラウダはすっと身を引く。さすがの弟もそれは考えていなかったのかと、安堵と共に自分の想像に自ら頬をぺちんと叩く。
だが、当のラウダは視線だけをグエルに寄越して「……ダメ?」と言ってのけた。完全に兄が弟の上目遣いに弱いと知っていての行動だ。
「ぐっ……」
倫理的に言えば、ダメだ。そもそも兄弟で何をと言われてしまえばそれまでなのだが、そんなものは二人で宇宙に捨ててきた。
「兄さんが嫌なら無理強いはしないよ。でも、僕は兄さんと今、したい。ここで」
あまりにも大真面目に言うものだから、グエルの兄として振る舞いたい欲が理性に蓋をしてしまった。仕方ないなというふりをして頷く。
「――一回だけだからな」
「っ、うん!」
一度すると決めれば迷うことはなかった。
向かい合ったまま、それぞれスラックスの前を寛げて性器を取り出す。まだ少しも反応していないグエルに対して、ラウダのペニスは半ば勃ち上がっている。
「お前、それ……」
「だって兄さんとキスするの気持ちいいから。兄さんこそ、良くなかった?」
ラウダの手に包まれ低く呻く。乾いたペニスを扱かれ、根元をぐにぐにと揉まれる。かと思えば先端を手の中で転がされすぐに下半身に熱が集まっていった。
この関係が始まって以来最後までしたことは片手で数えるほどしかないが、互いに準備をしてセックスに臨んだからか、苦しいものとばかり思っていた行為はむしろ悦すぎて辛いものになりつつある。融け合うことはできないけれど、限りなく近付いて熱を交歓するのは独りじゃないことを実感させてくれる。
「――ッ、兄さん……」
自らも弟のペニスに手を伸ばし大きな掌で包み込む。強めに扱くと手の中で膨張していくのが分かった。ぬち、と先走りが溢れ手と性器を濡らしていく。
「んっ、ふっ、ぅ……はぁ、兄さん、兄さん……っ」
グエルが扱く動きに合わせてラウダの腰が揺れる。必死な弟の姿が可愛くてつい鈴口を指先で苛めると欲に濡れた琥珀がぎっと見上げてきた。
「兄さんも、一緒に、……っン、気持ち良くなって」
「ん……」
ラウダの手が二人分のペニスを一緒に握る。いつになく熱い掌に、擦り合わさる熱に、グエルの腰もじわりと揺らめく。短く息を吐きながら重ねた手を上下に擦る。それだけで達してしまいそうになるのを堪えながら、ラウダは引き出しへと腕を伸ばした。弟の意図に気付いたグエルが助けるように後ろ手で開ける。奥から取り出されたのはゴムとパウチされたローションだ。
握っていた手を離しラウダはゴムを、グエルはローションを手にする。弟が装着している間にグエルはパウチの封を切るとぬめる液体を手のひらに纏わせた。もう片方の手でスラックスを下着ごと下ろす。後ろを向き机に手をつくと、自らの尻の合間に指を滑らせた。
「う……」
くち、と濡れた音が聞こえてくる。
初めてラウダとするために自分で準備をしていた頃を思い出しては居た堪れなくなるのだが、こうして今ラウダの目の前で後ろを拡げるのも同様に気恥ずかしい。いっそ思うまま突っ込んでくれればとも思うのだが、この前はそれを言って喧嘩になったので口を噤む。
「……っ、兄さん、僕もしていい?」
唾を吞む音がやけに響く。乾いた唇を舐めながらラウダは指用のゴムも取り出した。人差し指と中指にはめ、指先を擦り合わせる。ピンク色のジェルがぬるりと滑る。
「兄さん」
もう一度呼ぶ。承諾を得るために。
グエルはまた「好きにしろ」と言いたくなるのを抑えてこくりと頷いた。指を引き抜き両手を机上に置く。ラウダが一歩前に出た。
「……入れるね」
「ん……ッ」
自分のものより細く長い指が入り込む。内壁が喜んで迎え入れるのを感じてグエルの手に力が入った。痛みは無さそうなことを確認しながら、ラウダは指を奥へと進める。きつい輪を潜り抜けてしまえば中は驚くほど熱く、柔らかくラウダの指を受け止めた。ここに包まれた時の感覚が不意に思い出され、背筋をざわざわしたものが駆け上がる。逸る欲を深く呼吸することで抑え、ラウダは慎重に二本目を挿入した。
(……っ、相変わらず、焦れったい……ッ)
抜き差しするでもなく、中を確かめるように二本の指が動く。じわじわと這い上がるのは明らかに快感だというのに、グエルを高みに連れていくほどの刺激にはならない。思わずもっと奥へ誘うように腰を押し付けてしまうが、ラウダは「兄さん、ここ?」などと冷静な声で指を動かす。最も、グエルからは見えないだけでぎらついた瞳が穴を開ける勢いで見つめているのだが。
「ッあ、ぅ……」
喘ぐ声色が変わったのをラウダは聞き逃さなかった。腹の内側を押し込むように動かす。ふっくらと隆起した前立腺をぐりぐりと指先で押せばグエルの腰がひくりと跳ねた。より強い刺激を求めてアナルが開閉する。食むような動きに堪らず指を引き抜くと、ラウダはペニスを押し付けた。
「……も、いいから入れろ…っ」
焦れたようにグエルがペニスを掴み後孔へと宛がう。くぷ、と先端が飲み込まれる感覚にラウダは我慢できず腰を推し進めた。
「――――ッ!」
「ぐ、にぃさ……っ」
ぐちゅん、と水音を立てて互いの肌がぴたりと合わさる。いきなり奥まで貫かれ目の前がちかちかする。瞬きをする間にはらりと涙が頬を伝う。痛みによるものではない。がらんどうだったものが満たされる歓び。
「……っは、ぁ……あ……っ」
「兄さん、にいさん……!」
ぱちゅぱちゅとローションの泡立つ音を聞きながらグエルは身体を突っ伏した。机上はあらかた片付けておいたから汚れて困るものもない。
「ン……っ、ふ、……ぅだ、ラウダ……っ」
「は……ア……んん、きもちい……?」
「ああ、そこ……ッ、んぅ……!」
内壁を擦られる度に浮かぶ快感を追いかけながら喘ぐ中でふとグエルの視線が一つの傷を見つけた。机の奥にある三角の窪み。CEOとして座っている時には気にも留めなかった傷が、やけに引っかかる。
「――っ、あ……」
「兄さん?」
兄の意識が逸れたのに気付き、ラウダは腰の動きを止めた。上から様子を覗き込む。ぱた、とグエルの背に、机上に汗の粒が落ちる。
「これ……おぼえてるか?」
兄の指が古い傷をなぞる。ラウダの脳裏にも幼い頃の記憶が甦ってきた。
父に社会見学だと兄弟そろって連れて来られた時だったか。
当時から父を敬愛していた兄が、執務室に入るなり家のエンブレムでもある獅子の置物を手にしたのだ。幼いグエルからしてみたら大好きな父と大切な象徴を共に見てテンションが上がってしまったのだろう。金でできたオーナメントはそれなりに重量があり、うっかり落としてしまった。ゴトッとそれなりの音を立てて落ちた先は父の執務机で、耳の形に天板が凹んでしまったのだ。
傷以上に凹み落ち込むグエルに、当時のヴィムは「男なのだからそれぐらい元気でいい」と笑って頭を撫でていた。しょんぼりしていた兄がきらきらした瞳で父を見上げる様子をつぶさに覚えている。
自分が兄を笑顔にしたかったのに、という蟠りと共に。
「……懐かしいね」
そう短く返して、ラウダは今していることを思い出してとばかりに腰を打ち付けた。
「ひっ、――らう、だ、ちょっ、と待……っア!」
「ここで寸止めされたら苦しいって、兄さんだって分かるだろ?」
「わか、る、けど、っんん!」
背中を反らして、瞳をぎゅっと閉じる。けれど視界を塞いでしまえばより敏感に弟の熱を感じるばかりだ。ぎゅう、と中にいる熱を締め付けてしまいグエルは喘ぐ。
(もっと僕に集中してよ、兄さん。父さんのことなんかじゃなく、僕に)
ラウダはより深いところを抉るようにグエルの尻たぶを割り開く。掴む指の強さにグエルがひっと息を呑むのが分かった。それが怯えと期待の両方であることも、もう知っている。
「――兄さん、入れて」
「…………ん、」
汗に濡れた手をぐっと握り締めてグエルは下腹部に力を入れる。ぐぽ、と身体の奥が開く感覚。
ぶわっと総毛立ち、続いて喩えようのない快感が全身を走った。言葉にならない悲鳴が漏れる。
真っ赤に染まった兄の身体を抱き締めるように後ろから覆い被さりながらラウダもまた快感のその先を追い求めた。できるだけ腰を引いては奥の奥へ打ち付ける。互いの肌がぶつかる度にグエルの尻が赤く染まっていく様はまるでヴィムに叩かれた頬のようで、ラウダの胸中に名状しがたい感情が湧く。頭を振って湧いた何かに蓋をすると、最後の階段を駆け上がるようにきつく腰を押し付けた。
「――っア、ぐ……っん、んぅ……!」
「兄さん、にいさん……――っ!」
譫言のように呟きながら数回に渡って奥へ吐き出す。薄い壁に受け止められた精が役目を果たさぬまま死んでいく。けれどそれでラウダは満足だった。二人が二人でいられるのなら。
大きく息を吐いて、ラウダはゆっくりと身体を起こした。兄の方が体格が良いのだから潰れることはないが、奥を暴いた日はどうにも頭がぼんやりとするらしい。今も茫洋とした表情のまま背中を上下させている。
ずるりと抜けたペニスからゴムを外すと、手早く口を縛りティッシュに包むと屑籠に落とした。
まだ兄のペニスが達していないことを見やりラウダはグエルの腕を引いた。
筋肉質な体躯は重いがどうにか身体を起こし向かい合う。硬いままのペニスを握り少し強めに扱く。と、グエルの両手がラウダの肩を掴んだ。ぎり、と痛みが走るが堪えられない程ではない。
「んっ、あっ、ぅあ……は、ア……っ!」
もう片方の手で睾丸を揉みながら扱く速度を上げればグエルも勢いよく精を吐き出した。白く濁った液体がラウダのスーツを汚す。
「……っ、はぁ……悪い、ラウダ……」
ふらり、伸ばして拭こうとする手に指を絡め、「気にしないで」と留める。兄の匂いを少しでも残しておきたかった。無論、すぐにクリーニングに出すことは変わらないが。
それよりもラウダは兄に告げたいことがあった。
「いつもより感じてたね」
否定するかと思いきや、兄は視線を下に移したまま「言うな」と呟いた。どうやら自覚はあるらしい。二度とするなと反発を受けることまで考えていたラウダは、兄の表情に興奮したらよいのか絶望したらよいのか分からず、結果苦虫をかみつぶしたような顔をする外なかった。
「なんでお前がそんな顔してるんだ」
「……ううう、兄さんの父さんバカ」
「父さんをバカにするな」
「してないでしょ」
くだらない言い合いをしながら服を整える。ミニキッチンに置かれたケトルを傾け、ぬるま湯でしぼったタオルを兄に渡しラウダは上着を脱いだ。急いで洗わなければ落ちなくなる。
身を清め居住まいを正し、ソファに腰掛けたグエルはまだ熱が抜けないのか潤んだ瞳をラウダに向けた。誘っているわけではないのだろうが、油断するともう一度したくなってしまいそうでラウダはぐっと堪えた。気を逸らす意味も兼ねて兄に話しかける。
「それで、何考えてたの」
質問の意図をしっかり受け止めたグエルが困ったように笑う。
「忘れてなかったか……」
「当たり前でしょ」
「――こんなこと聞いたら嫌かもしれないが」
そう前置きをするのは、傷つくのが怖い時の兄の癖だ。
自分から無意識に相手の反応を受け取って防御する。他人はともかく、ラウダにとってそんなことは必要ないというのに。
対話をしろと、重荷を寄越せと全身全霊をかけてぶつかったあの日はやはり間違いではなかったと考える。
「そんなの言ってくれなきゃ分からないよ」
だから話してほしい。どんなことでも。
「お前が……素を見せてくれるのが嬉しくて」
「え……?」
ぱちぱちと目を瞬かせたのは、兄の口から出た言葉があまりに素直だったこともだが、突然のデレに対応し損ねたことも原因だった。そんな柔らかい笑顔を急に向けないでほしい。準備ができていない。
それからグエルが自分のことをどう見ていたのか、あまりにも直球な言葉と表情にふと自らの発言やら態度やらを顧みてしまったせいもある。
「勿論、いいところを見せたいって気持ちは分かる。俺もそうだったし」
「ちょ、ちょっと待って」
「学園にいた頃は俺に見せないようにしていたところも曝け出してくれてるみたいで嬉しかったんだ。それだけなんだが、……ラウダ?」
内緒にしていたものを勝手に見られたような、そんな気恥ずかしさがラウダを襲う。鏡を見なくても自分の顔がトマトのように真っ赤になっているのが分かる。
一度上がってしまった熱は、簡単には引いてくれそうになかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です