それらすべて愛しき日々 - 3/5

What you want

翌日、グエルは端末を前にして腕を組んでいた。その眉間には深い皺が刻まれている。
原因は言わずもがな、弟の「抱きたい」という言葉だ。これまでグエルにとって性行為とは結婚のその先にあるもので、まさか半分とはいえ血を分けた弟と行為に及ぶとは考えたこともなかった。それも自分が受け入れる側で。
可愛い弟の願いは叶えてやりたい。しかし知識や準備なくしては難しいだろう。
とはいえ。
(……弟とのセックスについて調べることになるとは)
溜息はあくまで未知の行為に対するものだ。
けれどこうしていても始まらない。一週間待ってくれと言ったからには約束を守りたい。
こういうところが弟の言う「兄さんのそういうところ」なのだが、本人は至って真面目である。
うんとひとつ頷いて、グエルは端末にいくつかの文字列を入力した。

「…………分かってはいたが、こんなに準備が必要なものなのか……」
生物学で学んだ体内の仕組みはともかく――男性でも前立腺を刺激することで快感を得られることは知らなかったが――数日前からの食事、事前の洗浄、初めてする際は何日かかけてアナルを拡げていくこと。簡単に情報は集められたもののいくつか必要な道具も用意しなくてはならない。グエルは一頻り悩んだ末に、ボブの名でそれらを注文することにした。

 

ラウダは悩んでいた。
最近、兄の様子がおかしい。
できる限り一緒にとっていた食事も辞退されることが増え、かといって食べていないわけではなさそうだから心配を口実に口を出すこともできない。夜はどちらかの部屋で短い時間であっても話すようにしていたのにここ数日途切れている。
もしかしたら兄とセックスしたいなどと言ったことが原因で避けられているのかとも思ったが「一週間待ってくれ」という兄の言葉は信じている。あと三日待てば約束の一週間だが、こんなにも一日が長く感じたのは兄と離ればなれになっていたあの時以来だった。
「兄さん、今夜も忙しい……?」
自宅に戻ったグエルを出迎えながらそっと聞いてみる。申し訳なさそうな表情で言われることに兄が弱いのは誰よりもラウダが理解している。最近は奥の手にと使わなかった手段だが最早選んでいられない。
案の定グエルの視線が一瞬彷徨ったものの、「悪いな」と断られてしまった。ラウダ以上に申し訳なさそうな、それでいて寂しそうな表情にそれ以上強く出られず奥歯を噛みしめる。
(あんな顔するなら言ってくれればいいのに……!)
早く気持ちを明け渡してほしい気持ち半分、拒絶される怖さ半分で動けずにソファへと座り込む。一週間待つと決めたのはラウダ自身だがとにかく早く時間が過ぎればいいと願った。

 

三日後、ラウダは夕食を終えると兄の部屋を訪れた。今日も別々の食事でグエルはそもそも食べたかどうかも分からない。けれど顔色が悪いわけでもなかったのでラウダはこの後話を聞こうと、指定された時刻に扉をノックした。
「兄さん、入るよ」
「……っ、ああ」
僅かに上擦った声。緊張している時のグエルの声だ。
室内に足を踏み入れると正面のソファにグエルは座っていた。手元に持っていた業務用の端末を一度テーブルに置きラウダを促す。誘われるまま正面に座ると、兄弟揃って向かい合った。
(久しぶりに正面から見た気がする……兄さん、やっぱり少し疲れてる? 目元が赤い……熱じゃなきゃいいけど)
「その、待たせて悪かった」
「えっ?」
「え……?」
突然の謝罪にラウダが驚いた声を上げると、つられてグエルも顔を上げた。目が円く開かれ幼い印象を抱かせる。
「なんで兄さんが謝るのさ」
「それは、だって、一週間も何も言わず待たせただろう」
「兄さんが一週間て言ったらきちんと守ってくれるのは分かってたよ。だから全然いいのに」
「そうか……」
そうか、と安心したようにもう一度呟いて、グエルはラウダを見据えた。混じりけのない蒼に見つめられてラウダの鼓動が跳ねる。
「その、準備ができたからお前と予定を合わせたいんだが……いいか?」
「……は……?」
「うん?」
「え……? ちょっと待って兄さん。準備って何?」
勢いよく立ち上がったラウダが身を乗り出す。思わずグエルが身を引けばさらに距離を詰められた。最後の声は驚く程低い。何か間違えた気がすると思いながらもグエルは口を開く。
「だから、お前と……その、セックスするための準備だよ」
「…………」
大きく溜息を吐きラウダは天を仰いだ。相変わらずグエルは困ったように見上げている。
「…………兄さんはいつもそうだ」
「ら、らうだ?」
「そうやって大事なことを自分一人で決めちゃうとこ、責任感があって格好いいけど置いてきぼりになる僕の気持ちも考えてほしかったな」
思いの外落ち着いた様子にグエルは一瞬安堵を覚える。だが、弟の瞳がほんの少しも笑っていないことに気付くとぞわりとした何かが背筋を走った。
「兄さん? 僕は、あの時兄さんが覚悟を決めるのに一週間必要なんだって思ったんだよ。もしくは、悲しいけどやっぱり僕とするのは無理だって腹を決めるのに」
笑顔の筈なのに笑顔に見えない。立ち上がりグエルの隣へ移動してくると、ラウダは兄の手を取った。両手首をきゅっと握る。全く痛くはないが、解けない強さで。
「それはない。お前を選んだのは俺自身が決めたことだ」
きっぱりと言い切られてラウダの唇が綻ぶ。だが、聞き捨てならない事実はまだ驚愕を抱えてそこにあった。
「うん。嬉しい告白ありがとう。でもまさか思わないじゃない? 兄さんが僕とセックスするために自分で後ろの準備してるなんて」
「そ、うか……?」
「そうだよ! なんで相談してくれなかったの? 僕は頼りなかった?」
「いや、それはお前……言えないだろう」
「どうして? 僕は兄さんの準備したかった!」
最早なりふり構わず欲望を口にする弟だが、兄の顔がじわじわと赤く染まっているのにようやく気付くとぽかんと口を開いた。そして今度もまた素直に言葉にしてしまう。
「恥ずかしかったの?」
「……言わせるなよ」
手首を掴んでいた指が緩み、グエルは真っ赤になった顔を片手で覆った。もう片方の手はラウダと繋いだまま。
「ごめん、ごめん兄さん」
「いや、いい。きちんと相談しなかった俺も悪い。今度はちゃんと言うから」
「……うん」
今度こそ落ち着いただろうかと繋いだ弟の手の甲を撫でる。応えるように絡めた指先がきゅっと握り返してくると、グエルは端末のスケジュールアプリを開いた。
「色々調べたんだが、二人の時間がきちんと取れるタイミングでした方がいいと思うんだ」
「そうだね。兄さんに負担もかけちゃうし」
「体力的には問題ないと思うが、まあ、何があってもいいようにしたいしな」
まだ会社の立て直しには程遠く、二人の激務は続いている。互いのオフが重なる日はさらに一週間後、それも余程のトラブルがなければ、という前提である。
「この日なら翌日僕も午後からだし、兄さんは一日オフにできるだろ」
「問題なければ出るが」
「それはダメ」
何度かの応酬を経て実行日が決まった。それぞれの予定を入れておく。
「ねえ兄さん、お願いがあるんだけど」
頭の中でここから一週間の計画を立てていたグエルを、ラウダが首を傾げて見上げる。この「おねがい」に兄が弱いのを分かってやっているのだ。そのことをグエルもよく理解している。
「……内容によるが」
「せめて当日の準備は僕がしたいな。ダメ?」
やはりというか、今日から毎日手伝わせろというお願いじゃないだけマシというか。
グエルは眉間に深く深く皺を刻んで悩んだのち、「ベッドの上で行うことからなら」という条件で承諾したのだった。

夕刻を回ったフロントの空は徐々に宵闇のグラデーションへと染まっていく。
洗浄を済ませたグエルは軽くバスローブを羽織って寝室へと向かった。薄暗い室内には既にラウダの姿がある。
「兄さん」
おかえり、と微笑む弟の声には喜色が隠すことなく滲んでいてグエルを落ち着かなくさせた。
(……これからラウダとセックスするのか)
自覚と、現実を目の当たりにして目眩がしそうだった。それでも進むと決めたのだから後に引くつもりはない。グエルは弟の待つベッドへと足を向ける。
サイドボードにはグエル自身が使っていたローションの他に別の種類のボトルやスキンも用意されていた。ベッドサイドに座っているラウダの隣へ腰を下ろす。自重のかかったベッドの凹みにつられるようにラウダの体が傾いた。肩先に感じる熱。
「……夢みたいだ」
とろける声にグエルの熱も上がっていく。
「兄さん、キスしてもいい?」
頷く代わりに、グエルの方から口付けた。
触れるだけのキスが次第に角度を変え、互いの舌先を絡めるものになっていく。口の中がこんなに熱いのだと二人とも知らなかった。
エナメル質を舐められるのも、頬の内側や上顎をなぞられるのも、相手がお互いだというだけで途轍もなく気持ちいい。
いつの間にかうなじに回された手が短い生え際を弄ぶ動きにすら感じて声が漏れてしまう。ラウダも大きな手のひらが後頭部を引き寄せる動きに、求められているのだと知る。
呼吸の仕方も忘れたように求め合って、気付けばグエルはラウダを抱きかかえるようにしてベッドに背中をつけていた。
「兄さん、にいさん……っ」
なおも口付けるラウダを受け止めながら、グエルはそっと手を弟の頬へ回した。指の腹でこめかみから耳朶を辿りあやすように撫でてやる。
「は……っ、ぁ……にぃさん……?」
「準備、手伝ってくれるんだろ?」
「――ッ!」
勢いよく体を起こした途端にベッドが軋む。緊張と興奮の入り交じった弟の顔を見上げながら、グエルは覚悟を決めるべく長く息を吐いた。
バスローブを脱いで四つん這いになる。どちらの向きでも慣らすことはできるが、顔を付き合わせたまま行うには羞恥心が勝った。上体を下げて柔らかい枕に顔を埋める。量の減ったボトルを手に取るとグエルが手首を掴んだ。
「……最初は触るだけだから無くていい」
「っ、うん」
グエルは掴んだままの手首を導くようにアナルへと引き寄せた。薄赤く色付いた箇所にラウダは唾を飲む。
誘われるままに指先で触れれば悦ぶようにひくりと震えた。
「ん……最初はゆっくり、撫でて」
「分かった」
くにくにと指先で回りを縁取るように撫でていく。きつく閉じている筈なのに時折ラウダの指へ吸い付くような動きを見せるからその度に堪らなくなってしまう。自分の股間がずくりと重くなるのを感じながらラウダは根気強く耐えた。
「ふ、ぅ……もうちょっと強く、マッサージするみたいに」
「こう?」
「んっ」
先程よりも指先に力を入れてみる。同じようにぐりぐりと揉んだり、たまに指の腹で叩くように触れたりするとグエルの漏らす吐息が甘くなっていくのが分かった。思いついたようにくすぐるような触れ方をしてみたがそれよりは少し強い力で触れる方が好いようだ。アナルの縁に指の先を引っかけるように押し込むと「んああっ」と声が漏れた。
「兄さん、ひくひくしてきたけどそろそろ指入れてもいいの?」
「――っ、ああ、これ着けて、……」
腕を伸ばしたグエルが取ったのは指用のスキンだった。事前に短く切り揃えた爪は兄を傷つけることなどないだろうが、念には念を、だ。ラウダは人差し指にスキンを被せるとローションを先端に纏わせた。
「入れるね」
「ん……ッ」
つぷ、と爪先だけを挿入してみるが柔らかく見えたそこはきつくラウダの指を食んでいる。
「きつ……兄さん、痛くない? 大丈夫?」
辛くないかと、傷つけていやしないかと、ラウダは指を動かさずに兄の様子を伺う。枕に埋めた表情は見えないが、しばらくするとグエルの呼吸に合わせてアナルが収縮するのが分かってきた。いきなり深くまで入れるのは危険だったなと調べた情報を思い出しながらラウダは浅いところをぷにぷにと刺激していく。
「……っふ、……ん、は……ぁっ、は……」
「どうかな、気持ちいい?」
「んっ、う……ああ、大丈夫、……ん、」
指先を引っかけるようにして前後に動かすと気持ちいいようで兄の腰が揺れる。
自分の手で感じてくれることに喜びを覚えながらラウダはその動きを繰り返した。
「兄さん、もう少しこうしてた方がいい? 動かし方変えてもいいかな」
「は…ぁ……も、すこし、強く動かしても……んっ、平気、だ」
「うん」
ローションを足して再び指を挿入する。同じ深さまで入れると、ラウダは円を描くようにゆっくりと指先を動かした。きつく窄まった皺の一つ一つを伸ばしていくような緩慢な動きは決して兄に痛みを与えないようにという配慮であるが、グエルからしてみれば焦らされているようにしか思えない。
「ラウダ、もっと強くても大丈夫……っだから、」
「兄さんに傷一つつけたくないんだ。分かってよ」
「――ッ」
弟の気持ちはありがたい。
ありがたいのだが、一週間かけて準備した場所は弱すぎる刺激では物足りないのだ。グエルは腕を伸ばして自分の指にもスキンをつけると後ろ手にアナルへと触れた。
「兄さんっ⁉」
驚くラウダの指に添えるようにして一気に自分の指を挿入する。丹念に塗り込めたローションが摩擦の痛みを消してくれた。根元まで差し込んだ指を自分の内壁が悦んで迎えるのが分かる。
僅かに荒くなった息を整えるように何度か吐き出すと、グエルは上半身を捻って弟を見上げた。
「……ッこれぐらいならもう入る。いいから、次に進め」
「っ、うん。分かった」
ちゅぷ、と音を立ててグエルは指を引き抜く。そのまま兄が自分で慰める様子も見たかった気持ちをそっとしまいながらラウダはぐっと手に力を入れた。ずぬ、ときつい輪をくぐり抜けるように指を押し込んでいく。時折内壁を労るように撫でるとグエルの太股が震えた。
指の根元が肌に触れるほど奥へ進むと一度動きを止める。それから輪を拡げるようにくるりと中で指を回すと掠れた声が聞こえた。枕に吸い込まれてしまうそれを勿体ないと思うが、後でたくさん聞かせてもらえばいい。ラウダはシーツの上に散らばっているスキンをもう一枚取り出し中指に被せた。そろそろと抜いた人差し指に添えるようにして今度は二本挿入していく。
ふと覗き込んだ脚の間には緩く勃起したペニスが揺れている。ラウダは空いた手を伸ばすと兄の性器を握った。
「なッ、ア……! らぅだ、そこはまだ、いい……っ」
「でも触ったら後ろ気持ち良さそうだよ?」
しゅ、しゅ、と幹の部分を扱いていく。内壁が指を絞るようにきゅうっと蠢くのを感じて、ラウダはどうやらこれが正解だと考えたらしかった。握る力を強めて扱き、二本の指はくるくると内側で円を描く。たまに指を開くようにすると含まれた空気が潰れぶちゅぶちゅと音が鳴った。
自分でした時と比べても強い刺激にグエルは無意識のうちにに腰を揺らしていた。想像以上に淫らな姿を見せられてラウダの下着も既に色を濃くしている。
先端を包み込み雁首を優しく撫でるとアナルがきつく締まった。ぎち、とラウダの指を食んだ後、内壁が蕩けるように柔らかくなる。ここに自分のペニスを挿入したら一体どうなってしまうのだろう、ラウダの脳は今にも沸騰しそうだった。
「……兄さん、もう少し拡げるね」
暴走しそうになる下半身を必死で抑えながら薬指にもスキンを装着する。前への刺激が束の間止まり息を吐いたグエルだったが、尻の合間を大量のローションが伝う感覚に喘いだ。
「ごめん兄さん、冷たかったよね」
ボトルを潰す勢いで握り締めたのか透明な液体がぼたぼたとシーツにしみを作った。肌に残ったローションを掬い上げるようにして三本揃えた指に纏わせる。アナルへと宛がいぐっと力を入れると、じゅぷ、と水音を立ててそこは指を飲み込んでいく。
「ぐ、ぅ……ん、……っは、ぁ……」
「兄さん、苦しくない? 大丈夫?」
苦しくないといえば嘘になるが、異物を受け入れること自体はこの一週間で身体が覚えてきた。それにいつもとは違って弟の指を受け入れているのだと思うとなぜか痛みも鈍い。
「ん……ラウダ、指、まとめて動かせるか……?」
「こう、かな」
浅いところを拡げるようにぐるりと動かす。その合間にも再び伸ばした手でペニスを刺激すると次第に緩んでいくのが分かった。グエルは額を枕に埋めて短く息をするばかりだ。いよいよその時が近いのだと本能が察している。
一週間の準備期間では一度だけディルドを入れようとしてみたが、指より深いところに触れられるのが怖くて途中で止めてしまった。それに購入した型よりも先程見えたラウダの性器の方が太く長い。あれで中を満たされたらどうなってしまうのか。考えただけで腰が痺れるようだった。
程なくしてラウダは指をそろそろと抜いた。最初はすぐに固く閉じていたアナルも僅かな隙間を空けてひくついている。
「……いい? 兄さん」
僅かな逡巡は畏れだろうか。それとも期待か。興奮と熱で真っ赤に染まった背中を大きく捻ると、グエルは一息に身体の向きを変えた。そのまま後ろから挿入するものだと思っていたラウダは驚きに瞬く。
「……顔、見ながらしたい」
だから、と左右に割り開かれた脚の間に膝をついてにじり寄る。目の前の光景にラウダは目眩がしそうだった。いや、実際頭が沸いたようにぐらぐらしている。けれどほんの僅かも見逃したくなくて必死に見つめる。噛み締めた唇から漏れる息はひどく熱い。
「兄さん、少しだけ腰上げて」
引っ掴んだもう一つの枕をグエルの腰の下に入れる。少し高くなった分、脚が余計に開く。できるだけ距離を詰めてからラウダはスキンを手に取った。下着を下げると勃起したペニスがぺちんと腹を打つ。根元までしっかり装着するのをグエルは静かに眺めていた。はちり、視線がぶつかる。それだけでグエルのペニスもふるりと反応してしまった。期待に先走りが零れ腹を汚す。
「――入れるよ」
「ああ……」
ラウダはペニスを握ると、赤く熟れた場所へぴとりと先端を宛がった。ひくひくと開閉しているそこに触れただけでどうしようもなく興奮する。けれどローションをつけすぎたのか滑るだけでなかなか入らない。決定的な刺激がない中何度もぬるぬると擦られグエルは唇を噛む。弟が敢えて焦らしているわけではないと分かるからこそ余計に辛いのだ。
「……っ、ん、ラウダ、もっと強く」
押し付けていい、とグエルは両手でそこを拡げた。先程より開いた空間に先端が嵌まる。ぬちゅ、と濡れた音がして丸い先端が埋まった。きゅうっと締め付ける感覚にラウダの眉がきつく寄る。奥へ奥へとじりじり腰を押し進める。その度にグエルが息を詰めるのが聞こえて、なのに止まろうとすると腰に当てられた踵が「止めるな」というように押し込む。そうなれば留まることなどできず、ラウダは短く息を吐きじりじりと体重をかけた。
「んッ、ぁ……」
ひたりと二人の肌が触れる。燃えるような熱さはどちらのものか。ようやくすべてを収めた感動と疲労感とがグエルを襲った。細く長く息を吐き出す。胃の腑を押し上げられるような苦しさは感じるものの、弟の望みを叶えられた喜びに比べれば辛くはない。
「……ぅ、ひぐ……っ」
そんな時、目を瞑り息苦しさに慣れようとするグエルの耳に届いたのは弟の呻くような声だった。まさか痛いのかとグエルは肘をついて上体を起こす。
「ラウダ、大丈夫か」
「゛うぅ」
見上げた弟の目からはぼたぼたと大粒の涙があふれていた。こぼれ落ちた雫が先走りやローションでぐちゃぐちゃになったグエルの腹を濡らしていく。蒼い瞳を驚きに見開くとグエルは慌てて腕を伸ばした。真っ赤になった目尻をそっと拭うが涙が止まる気配はない。一瞬、中断した方がいいのかと頭を掠めたがラウダの表情を見て思い直す。潤んだ瞳が蜂蜜色に融けていくのを見るのはいつぶりだろうか。
「んぐ……っ、にぃさ、にいさん」
子どものように呼びながら、けれど見つめる瞳は矢のように鋭くグエルを射抜く。
この世でただひとり、自分だけを求める存在がそこにいる。
堪らない気持ちでグエルは無理矢理上半身を起こすとラウダの後頭部を引き寄せた。
「……らうだ」
名を呼び口付ける。体勢のせいで下肢に力が入ってしまったのか、合わせた唇の中でラウダが低く呻く。
「――――ッ!」
「う、は……ぁ……うわっ」
突っ張っていたラウダの両手から力が抜ける。腹筋だけの力で身体を起こしていたグエルも支えきれず一緒にベッドへと身体を投げ出した。弛緩した弟の身体を抱き締めながら息を吐く。
「…………ごめん」
「うん?」
消え入りそうな声が胸元から聞こえてきて、グエルは顔だけ持ち上げた。伏せたままのラウダがもう一度「ごめん」と呟く。
むずかるようにぐりぐりと頭を押し付けられ、グエルは擽ったさに身を捩りながら弟の頭に手を置いた。闇色の髪をそっと撫でる。初めてなのだから上手くいかなくても当然だろうし、何より弟を受け入れたことでグエル自身は満足してしまっている。それに、とグエルは思う。
「いいよ。また次があるだろう?」
「――っ」
勢いよく起き上がった弟を見つめ「違うのか?」と首を傾げてみせれば、ラウダはまたぼろぼろと涙をこぼしながらくしゃりと笑った。

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