夜、話があるからと自室を訪れた弟を見て、グエルは首を傾げた。やけに顔が赤い。それに弟の癖でもあるが、前髪を弄る左手が痕でもつきそうなほどきつく握られていて、思わず「大丈夫か」と声が出た。
「……何でもないよ」
「何でもないって顔じゃないだろ。いいから入れ」
「うん……」
いつもならソファに腰かけるラウダが、もう少し先へと歩を進めるのについていく。兄のこの無防備さが、ラウダは嫌いだった。たいそう面倒くさいくせに、一度懐に入れた者は無条件に信じるきらいがある。兄の信頼を得た人間が裏切らないと、どうしていえるだろう。――現に、自分だって。
「ラウダ?」
その先は、と続く兄の声を背中で聞きながら隣の部屋へと移る。そこはグエルの主寝室であり、幼い頃よくもぐりこんだベッドがある。
「眠いのか? それなら自分の部屋の方が」
「兄さん」
「うん?」
「座って話したいな。いい?」
「ああ、勿論だ」
珍しいな、なんて少し嬉しそうに表情を緩めるのは、ラウダが何を思うのか微塵も知らないから。隣り合ってベッドの端に腰を下ろす。いつもより少し近付く目線。ふっと眉が下がり、優しく見つめられる。優しく――幼子にそうするように。
「兄さんは、僕のこと何だと思ってるの?」
「何って、大切な弟だよ。他に何がある?」
そう、それで満足だった。今までは。この気持ちに気付くまでは。
「お前は違うのか?」
寂しそうな顔はグエルの本心だろう。だが、それもラウダの求めるものではなかった。腰を兄の方へ捩り、両手を肩に置く。
「僕はね、」
ぐ、と手に力を入れれば油断していた体躯は簡単にベッドへ倒れ込んだ。両手を肩から手首へ移し、きゅ、と掴む。
「ラウダ……?」
この期に及んで何が起きているのかピンとこないらしく、兄は元来大きな瞳を円く見開いた。手首をシーツにぬいつけ、見下ろすようにベッドに膝をつく。あどけなさすら感じる表情に、自分はどこまでいっても「弟」であり「家族」でしかないのだと突きつけられたようで、ラウダは奥歯を嚙み締める。
「兄さんのこと、愛してるんだ」
気付かなかった?
蒼の中に映る自分は、ひどく歪んで見えた。
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