ねこみみもーど

むず痒さを頭上に感じて、ベッドに転がったまま手をやる。もふ、と触れたのは自分の髪とは異なる感触で、グエルは首を傾げながら身体を起こした。もう一度手を動かしたみる。もふ。髪よりも柔らかい感触。しかも、触れていることがなんとなく分かる。いてもたってもいられず、グエルは鏡の前に急いだ。覗いた先に映っていたのは信じられない光景で、思わず目を見開く。
「なん……っだ、これは!?」
「兄さん!? どうしたの!?」
扉の前で待機していたのだろうラウダが部屋に飛び込むと、目の前には下着姿のままわなわな震える兄がいた。両手で抱えた頭には、動物の耳――犬か、いや猫だろうか――が生えている。ぎぎぎ、と音がしそうなぎこちない動きで振り向いたグエルは、弟の視線が自分の頭上に注がれていることを感じ自分の夢ではないことに肩を落とした。
「兄さん、それは……」
「俺も分からん。起きたらついていた」
「起きたらついてたって、昨日は何ともなかったじゃない」
「だーかーら、俺にも分からん!」
「……感覚はあるの?」
「一応は。普通の耳と同じようにあるみたいだ」
指先で確かめるようにつまむ。唸りながらもう一度鏡を見るグエルは、鏡越しに弟の視線が下へ移っていくのに気付いた。なんとなく、尻の辺りを見られているような。
「ラウダ? どうかしたのか?」
「あの、兄さん……つかぬことを聞くようだけど、その、」
「なんだ。はっきり言え」
前髪を弄る指に、きゅっと力がこもる。
「……もしかして、尻尾も生えてる?」
「はァ!?」
ラウダの目には下着が膨らんでいるように見えたのだ。それも前ではなく、後ろ側が。性的興奮を覚えたのならともかく、後ろが肥大することはあり得ない。
グエルが叫ぶのに連動して、下着の中にあるモノがもぞりと動く。
恐る恐る手を差し込むと、耳同様、柔らかな感触が手に触れた。ぐっと引き出せば、するりと長い尻尾が垂れる。グエルの髪色と同じく暗い色の毛に覆われた尾は、その先端が少しばかり桃色に染まっている。
手で掬い上げるとやはり感覚もあるらしく、けれど耳とは違って何かぞわりとしたものが背筋を通り過ぎた。ぱっと手放した兄の様子に「痛いの?」とラウダが訊く。
「いや、痛みはないんだが……なんか耳とは違うというか……」
「兄さん、嫌だったら言ってほしいんだけど、僕も触ってみてもいい……?」
「ああ、大丈夫だ」
「……っ、ふわふわ……」
細長い尻尾を毛並みに沿って撫でる手は優しい。
「そんなにそっと触らなくても、んっ――」
「っごめん! 痛かった!?」
謝ろうとするラウダの腕に、なぜか尾はくるくると巻き付いていく。背けた表情がどうなっているのかは分からないが、耳の端が赤く染まっているのを見てラウダはほっと息を吐いた。
(それにしても、これはどういう仕組みで……? 感染症とかじゃないといいけど……)
「……ッ、ラウダ……?」
(痛みは無いみたいだけどこのままじゃ兄さんも困るよな。誰に聞けば……ひとまず医務室か?)
「ラウ、――んっ、は…ぁ……らうだ、っ……」
「ごめんっ、つい考え事を……兄さん……?」
考え込む間、いつもの癖で指先が尻尾を弄ってしまっていたらしい。我に返ると、項まで真っ赤なグエルが焦ったように名前を呼んでいた。心なしか綺麗な蒼に水が張ったように、瞳が潤んでいる。いつもはきりりとつり上がっている眉も下がり気味で、吐息も熱いような。
そこまで考えたところで、ふとラウダの中に悪戯心が沸いた。この声は二人きりでなければ聞けないものだ。
「兄さん……もしかして、気持ちいいの?」
「――ッ!!」
図星だ。唇を引き結び目を円くして、それなのに腕から離れない尾はその先を期待するかのようにきつく巻き付いた。
「……朝食は後で簡単に取ればいいよね?」
疑問符をつけて聞いたところで、答えは分かりきっている。
「ラウダ……」
「ドアなら閉めてあるよ、兄さん」
互いの腕を腰に回し、距離が近付く。一度口付けてしまえば止まれないのはお互い様だった。

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