0721

株式会社ガンダムとの提携事業をラウダが任されるようになってからしばらく経つ。兄との連絡は日に一度、数分の通話のみで終わることも多い。互いに忙殺されているが故は勿論だが、どこか距離を測りかねているところもあるのだろう。もう少し、あと少し、兄の声を聞いていたい欲を抑えて通話を切るのがここ最近のラウダの行動だった。
その日も、ラウダはひどく疲れていた。ガンドを用いた義肢の実地テストは進捗が思わしくなく、現場と上との調整に追われ自室のベッドに倒れ込んだのは日付もとうに変わった頃。兄からの着信に気付かないことなど今まであっただろうか。重い腕を緩慢に動かしながらタップしていたらうっかり通話を繋げていたらしく、すぐにコール音は兄の声と代わった。
「ラウダ? 大丈夫か?」
「……だいじょうぶだよ、にいさん」
「…………」
「にぃさん?」
「無理してるな」
「無理だなんて」
少し低くなった声に思わず目が覚める。これは心配をかけた。そんなつもりなかったのに。
「ちょっと忙しくて出られなかっただけだよ、気にしないで」
慌てて体を起こす。シーツの擦れる音に混じって、兄の呟きが聞こえた。
「……心配くらいする」
「兄さん?」
「大切な弟の心配をして何が悪い」
これは、とラウダは息を呑む。
心配とは少し違う音色。最近、ようやく兄が素直に見せてくれるようになってきた、拗ねる時の。
「……ごめんね、兄さんに心配かけたくなくて嘘ついた。今日は本当に忙しかったんだ」
知らず、穏やかな声になる自分を自覚する。思うことは隠さず伝え合う、先の闘いで互いに交わした約束だ。
「そうか……よく頑張ったな」
兄の柔らかな声音がじわりと身体に染み渡っていく。と同時に、ずくりと下肢が重くなった。
(……こんな時に……っ)
「ラウダ?」
「ん、何でも……」
何でもないと言いかけ止めた弟を、再び兄の声が呼ぶ。この時、ラウダは大層疲れていた。だから思考の外で言葉が口をついて出てきてしまったのだ。
「……勃ったみたい」
「…………ラウダ?」
「ごめん。……兄さんの声聞いたら、」
「謝ることないだろ」
聞こえてくる声は穏やかなまま。
「疲れているんだろう。ゆっくり休めよ」
労りの言葉と共に通話を切られる気配を察知し、ラウダは「待って」と声をかけた。
返す返す、この時のラウダは考える余裕がないほど疲れていたのだ。
だから、うっかり口走ってしまった。
「兄さんも一緒に、」
「……うん?」
「一緒に、してくれないかな」
「一緒にって、自慰をか?」
「うん」
「……ラウダ、お前相当疲れてるだろう」
呆れているのか、困惑しているのか、兄の声が揺れる。それでも一息に否定せず心配してくれるのはグエルの優しさだ。そこにつけ込むつもりはないが、兄に甘えるのは弟の特権でもある。
「兄さんは疲れすぎると眠れなくなることない?」
「それは、…………分かった」
「え?」
今度はラウダが間の抜けた声をあげる番だった。兄は今、「分かった」と言ったのか?
「抜いたらきちんと睡眠を取れよ、いいな?」
兄らしいことを言いながら、次にしようとしていることはおよそ兄弟らしからぬ行為だ。
「うん……」
茫洋としたままラウダは端末のスピーカーをオンにした。シーツの上に置き、スーツを急いで脱ぐ。軽く整えてデスクチェアの背にかけると急いでベッドに戻った。ヘッドボードに背中を預け、手元に端末を置く。
「お待たせ、兄さん」
「ああ、……ん」
「……っ」
吐息混じりの声に再び腰が重くなる。
そろりと手を伸ばせば質量を増したペニスがずしりと手のひらに乗った。軽く握り、上下に扱けばすぐに先端が天井を向く。
「…っふ、ぅ……」
自身の寝室であれば、漏れる声が誰に聞かれることもない。ラウダは息を荒げながら手の動きを速めた。
「は……はぁ……兄さん、兄さん……っ」
「んっ、……ぐ、……うぅ」
低く呻くような兄の声に背筋がざわざわするのを感じる。昔の強がりから来るやけに張った声でもなければ、最近聞くようになった落ち着いた声音でもない。今この瞬間は、自分だけがこの兄を独り占めしているという事実にラウダは言いようのない興奮を覚えた。無意識のうちに顎が上向く。きつく瞑った目蓋の下に浮かぶのは己のペニスを握る兄のあられもない姿だ。
「う……っ、わ、」
背中からずり落ちそうになり手をついた際、誤タップしたのか端末が明るくなっていた。音声通話から画面通話に切り替わっていたらしい。視線を落とした先、画面越しに映る兄の姿にラウダはひゅっと息を飲んだ。
「――ッ、うぅ……!」
急激に迫り上がってくるものを抑えきれず、ラウダはぎゅっと背中を丸めた。下着越しに腹が濡れる感触。びくびくと身体が跳ねる度に先端から精液が溢れては手を濡らした。
今見たものが信じられずそろりと視線を動かす。画面通話になっていることにまだ気付いていないのか、グエルは先程同様自身の指をアナルへと差し入れていた。
常ならば気を失うよう寝入るはずが、恐ろしいほどにラウダの意識はクリアだった。
画面に映る兄を食い入るように見つめる。左手でペニスを、右手でアナルを弄っている兄の姿を。
「――……」
「…っア、ぅ……らうだ…?」
突然静かになった弟を訝しんでか、グエルが名を呼ぶ。それだけでラウダの下肢にまた熱が集まる。疲労の言い訳では誤魔化しきれない何かを感じながらもラウダは再び自身に手を伸ばした。すぐに硬くなるペニスを扱きつつ、何を言うべきか考える。今もってして兄らしい言動をしたがるグエルのことだ、ラウダが吐精したと知ればすぐにでも通話を切ってしまうだろう。
「兄さんっ、僕、もっと奥まで入りたい……入れて?」
「なッ!? あッ、――――!?」
弟の言葉に、グエルの指がぎゅうっと奥へ突き立てられる。意図せぬ刺激と、そして弟にアナニーを見られた事実と、どちらに快感を得たのかは分からないがグエルの身体が大きく跳ねた。高く掠れた声。暗がりでも分かるほど赤く染まった下肢。そのどれもがラウダの快感を呼び起こす。
今になって、ラウダは自覚した。自分が兄を性的興奮を覚える相手として見ていることを。そして自分が、兄を抱きたいと望んでいることを。
「――兄さん」
「ラウダ、その、これは」
「兄さん」
「……何だ」
「明日そっちに行ってもいい」
疑問符をつける余裕すらない。兄の返事を待つ間に朝一番のシャトルを要請する。
「おねがい、兄さん」
「……八時間の睡眠」
これはイエスと捉えていいのだろう。結局のところ、兄は今でも弟に甘いのだ。
「勿論、約束するよ」
数瞬前の低い声は聞き間違えかと思うほど柔らかな声が誓う。
「おやすみ、ラウダ」
「おやすみなさい。兄さん」
通話を切ったは良いものの、もどかしい熱を抱えたままなのは変わらずで各々頭を抱えたのだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です