とうさん。
幼さの残る話し方とは裏腹に、聞こえる声は明らかに成人した男性のものだ。
ラウダはその違和感を気にも留めず、ただ「グエル」と名を呼んだ。彼が大切にしてきた呼び名が今この時、使われることはない。ベッドサイドに座ったまま足を揺らす兄の隣へ腰を下ろすと、抱き締めるには大きすぎる肩を引き寄せた。昼日中には決して見せることのない無邪気な笑顔を浮かべたまま、グエルはおずおずとその頭をラウダの肩に預ける。昔から変わらぬ柔らかな毛先がラウダの頬をくすぐる。
「俺は父さんの期待に応えられてる?」
「……ああ。自慢の息子だ」
どこか雑さの残る手つきで兄の髪を撫でる。本当は絹糸に触れるよう優しく触れたいのに、それでは彼が気付いてしまうから。記憶の片隅に残るあの人の行動をなぞる動きに、グエルはそっと息を吐いて「そっかぁ」と微笑む。それだけでラウダの目的は達成されてしまった。
あとはうとうとし始めた兄をベッドに入れて自室に戻ればいい。たったそれだけのこと。明日になれば彼は兄らしく朝食の準備をしながら弟を起こしに来るし、相変わらず寝穢いなと苦笑しつつ額にキスをしてくれる。
それだけのことが、どうしてこんなにも哀しいのだろう。
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