SS集6~10

スレッタとの結婚式を前に写真のデータを見返していたミオリネは、ふと手を止めた。そこに写っているのは幼い頃のジェターク兄弟。父親に連れられ顔合わせをしたときのものだ。写真の中ではグエルの一歩後ろに控えているラウダだが、ミオリネたちが喧々囂々やっていると必ずといっていいほどグエルの肩をもっていた。あの頃はただ兄弟仲がいいなんて思っていたけれど。「……まさか私たちより先に結婚するなんてね」そう独り言ちて、ミオリネは写真の選定に戻った。

 

兄が父に連れられて出かけること自体は珍しくない。だが、泊まりがけになることは滅多になくて、二人のいない屋敷はどこかよそよそしく感じられた。この家に来ることになった当初は腹違いの兄弟なんてどうせとつまらないことを考えたものだ。それもすべて抱き締められた体温が一瞬のうちに拭い去った。「ラウダ、ただいま!」玄関から聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、全身の細胞が向かっていく。ばたばたと足音を立てて走る弟の姿に目を円くしたグエルは、次の瞬間飛び込んできた小さな身体を抱き締めた。

 

俺は時々弟のことが分からなくなる。ラウダは基本的に俺の言うことに横槍を入れないし、俺のしたいことを尊重してくれる。仕事も早いしよくできた弟だ。けれど決闘に関しては俺が受けた内容を聞いて眉を顰めることが増えた。小さい頃からの癖で前髪を弄る指も止まらない。今回に至っては「僕にもやってよ」ときた。いや、大事な弟を足蹴にするなんてできるわけないだろう?

 

人の体温はこんなにも心を落ち着かせるのか。ふとグエルの胸中に浮かんだものは安堵と驚きであった。独り、すべてを背負って生きていくのだと決めた眼前に突きつけられたのは弟の切なる絶叫。後輩に救われ、抱き合い、喧嘩もしながら話し合い、今や習慣になりつつある弟との触れ合い。触れ合うといっても指先を重ねるだけだが、最近どうにも落ち着かないのだ。それは触れた肌の熱さゆえか、弟の瞳に揺らぐ焔のせいか。その理由を知りたいような、知ったら戻れなくなるような、そんな心地でいる。

 

「……だ、らうだ」肩を揺する動きに、ラウダの意識が眠りの淵から引き上げられる。ゆっくりと瞬いて、ラウダはちいさく「にいさん」と応えた。本を読みながらソファで転た寝をしていたらしい。体を起こすと兄の上着がぱさりと落ちた。「大丈夫か?うなされてたぞ」「うぅん…?」まだ眠い目を擦りながら思い出そうとするが、肩に触れた温度が嫌な記憶を霧散させてしまった。ラウダの目にはもうグエルしか映っていない。でも、少しだけ、ほんの少しだけ。ラウダは兄に甘えてみたくなった。「兄さん」「なんだ?」「今夜だけ、いっしょにねてもいい?」

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