SS集1~5

兄は極稀に弟を全力で甘やかしたくなる周期があるらしい。うっかりそのタイミングで私室を訪れたが為に、ラウダはグエルの腕に抱きしめられていた。柔肌と体温とが頬に当たる。喜びと照れくささの狭間で表情に悩んでいると、大きな掌が頭を撫でた。細くて柔らかな髪を指先が優しく梳く。そんな仕草にすら兄の愛情を感じて、ラウダは唇に力を込めた。

 

弟の帰宅に気付いたのは髪を撫でられる感覚に意識が浮上したからだ。昨夜は泥のように重い身体をソファに投げ出し力尽きた筈。休息を求めソファに沈む身体には抗えず目を閉じてしまった。起きてシャワーをと思うが、重い瞼は少しも動かない。細く長い指が髪を梳く。時折指先に毛先を絡めながら。遠い遠い記憶の中、グエルはその手を知っている気がした。

 

迂闊にも立ち寄ったゲームセンター。クレーンゲームに俺たち兄弟の人形?が登場したというので足を向けてしまった。本当に、つい、うっかりと。そして気付けば俺の手にはラウダがいる。何度も金を注ぎ込んでやるものだと聞いていたが、一回で取れてしまった。俺の腕が良いのか、こいつが俺のところに来たがったのか……。ふと視線を感じて顔を上げるが、誰もいない。ラウダに見せたら喜ぶだろうかと考えながら、帰路を急いだ。

 

思い上がった考えだと人は言うだろう。だがそんな輩の言葉なんて虫の言葉と同じだ。聞く価値もない。僕だけが兄さんを正しく罰することができるのだ。目の前に跪く兄さんは僕に背を向けたまま。向き合うのが怖いのか。兄さんが言うのなら何だって――いっそ罪すらも分かち合うというのに。僅かでも心を預けてくれたなら――叶わぬ夢に唇を引き結ぶ。そうして僕は剣を手にした。

 

「ラウダ、今夜はがんばって起きてろよ!」かつて、ボーイソプラノが興奮を抑えきれずにそう言うのをラウダは首を傾げて聞いた。「昼間にテント立てただろ?今夜はあそこで星を見るんだ!」ラウダも一緒に!と引かれた手の熱。兄の大切な場所へ招かれること。ぼんやりと輪郭を浮かび上がらせるランタンの灯。そのどれもが眩しい記憶となって、ラウダの胸に灯るのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です