SS集21~25

弟が俺のグッズを作るという。グッズ。俺の。イメージグッズ。弟が、兄の。……思わず頭を抱えそうになる。社のイメージグッズならまだしも、個人のグッズを誰が使うと言うのか。けれどあまりにも弟が楽しそうに話すものだからストップをかけるわけにもいかず、様子を探ることにした。「ら、ラウダ、他にはどんなグッズがあるんだ?」「他に!?」うお、なんか生き生きしてるな。ありすぎて絞るのが大変だったんだ、と嬉しそうに羅列されるグッズの数に目を白黒させているとスルーできない言葉が聞こえた。何だ、そのいかがわしいマウスパッドは。弟の夢は叶えてやりたいがちょっとそこは待ってほしい。俺にも尊厳てものがある。「ら、らうだ、」「何、兄さん!?気になるやつがあった!?」気になるというか、困るというか。だが勢いのついた弟はまだまだ止まりそうになかった。

 

「は……?」兄さんが猫になったと連絡を受けたのは寮の入り口に着いたところで、開口一番、おそろしく低い声が出た。通話の向こうでカミルが「いいから急いで来い」と言う。言われなくても全速で向かっている。兄さんの部屋の前で二人が待っていた。「ラウダ先輩!大変っす!」「カミルから聞いた。兄さんは」「部屋にいますけど……」「分かった」二人には後で連絡することを伝えて部屋に帰す。「カミル、開けるぞ」「ああ、大丈夫だ」「兄さん、大丈夫なの!?……にいさん?」部屋の中央、ラグの上に四つん這いになっている兄さんに、尻尾が生えていた。尻尾だけじゃない、耳も。ちらりと僕を見たのにすぐ視線は逸らされ、ふよふよと尻尾が宙に揺れる。言葉を失った僕の隣でカミルが嘆息する。「どういうこと」「俺に凄むな。こっちも突然で驚いてるんだ」「医務室は」「行った。どうもフロント内で流行っているらしい。二、三日で戻ると」「数日このままなのか!?」「ちょうど休日だし部屋から出なければ問題ないだろ」問題大ありじゃないか。こんな、こんなに「にゃう……?」「兄さん!僕が分かるの!?」いつの間にか足下へ来ていた兄さんが尻尾を僕の足に巻き付ける。う、兄さんの髪と同じ感触。「……俺も部屋に戻った方がいいか?」カミルの申し出に頷くべきか断るべきか。唸る僕に友人はまたも溜息を吐いた。

バスルームからリビングに戻ると、弟の後ろ姿が見えた。ソファに腰掛けたまま黙々と俯いている。居眠りでもしているのかとグエルはそっと近付くが、小刻みに肩が揺れている。
(誰かと連絡か……? こんな遅くに?)
「兄さん、早かったね」
声をかける前に振り向かれ、グエルは短く「おう」とだけ応えた。弟の手元を覗き込む。その手にガラスの爪やすりがあるのを見て、んぐ、と口を噤んだ。ラウダが爪先を整えるということは、今夜はそれをするということだ。予想はして準備もしてあるが、どうにもこの緊張感に慣れることができない。
そうしている間にラウダは小指を磨き終え、指先に息を吹きかけた。その様子に、最中の行為を思い出してまた頬が熱くなる。
「……らうだ」
ソファの背に寄りかかりながら弟の肩に額をつける。まだかと言外に訊けば、弟は嬉しそうに笑った。

 

満足するまで貪り合って泥のように眠る。まるでこれまでの空白を埋めるかのような行為は、どちらかが気をやるまで続いた。散々泣かせてしまったからか、涙の痕が残る目元をそっと濡れた布で拭く。体力が尽きたというよりは気力の方が先に落ちたのだろう。深い眠りに入った兄は起きる気配もない。額にかかった桃色の髪をよける。肌に触れる自分の指先を見てふと先程の兄を思い出した。直接誘うよりも、ああやって今からセックスをするのだと気付かせる方が興奮するらしい。耳朶に響く兄の声は甘く、他の誰もが知り得ないものだ。(そうだ、僕だけの――)今度はどうやって誘おうか考えながら、ラウダもベッドに横たわった。明日は二人揃っての休日だ。

動物の唸り声にも似た音に、グエルはぱちりと目を開けた。屋敷で生き物は飼っていない。隣を見ればシーツをきつく握りしめた弟が身体を小さく丸めている。額には大粒の汗。
「ラウダ!?」
起き上がり顔を覗き込む。腹でも痛いのかと思ったが、寄せた耳に聞こえてきたのは小さな小さな呟きだった。母を呼ぶその声はか細く、閉じた瞳の端から透明な粒が零れた。
グエルは考える。自分には何ができるのだろう。幼く、まだ頼りない弟に何をしてやれるだろう。彼が求めるものはーーそして自分が失ったものも与えてやることはできない。それなら。
「……だいじょうぶ、だいじょうぶ」
そうっと、小さな指を額に当てる。ぎゅうっと寄せられた眉間の皺を解すように、ゆっくりと円を描きながら「だいじょうぶ」と囁く。夢の中の弟へ、少しでも届くように。やがて強張っていた体から力が抜けていくのを見て、グエルはほっと息を吐いた。ふと思い出したのは幼い頃、怖い夢を見た時に母がしてくれたおまじない。汗の引いた額を静かに撫でる。さらさらと滑る夜色の髪をそっとよけて唇を落とせば、表情が和らいだように見えた。

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