かつて地球には四季というものがあったらしい。一年を四つに分割し、春夏秋冬、それぞれ気候の異なる日々があったのだとか。それも自然の中で。理論は分かるが、人にとって快適な天候や気温が完全に制御されて久しい宇宙では実感しようもないものだ。
だからだろうか、グエルにとって未知の四季なるものが気になったのは。
幼心につい口から出た「うちでも季節を味わえるのか?」という一言に、気のおけない仲の執事が瞳を細めた。パートナーがアーシアンだという彼は、二人でたまに地球のアーカイブを見ては遠く蒼い星に想いを馳せるらしかった。
「極端な変更は難しいですが、今の時期でしたら……そうですな、梅雨を感じることはできるかもしれません」
「ほんとか!?」
ぱっと花が咲くような笑顔に、思わず男の表情も綻ぶ。
「短い時間ですが、今夜体験してみましょう。ラウダ様にはお伝えになりますか?」
「うーん……せっかくなら驚かせたい! 内緒にしてくれ」
「かしこまりました」
最近共に暮らすようになった弟はどんな顔をするだろうか。逸る心をバレないように抑えながら、グエルは夜を心待ちにした。
夕暮れから夜の縁へと光源が変わる頃、屋敷の窓をぽつぽつと細い雨が打ち始めた。グエルの背よりも随分高いガラスが水滴に覆われてゆく。天候「雨」として設定されることのあるそれ自体は見慣れたものだが、さあさあと髪が揺れるような静かな音は物珍しく、グエルはベッドから抜け出して窓際へと駆け寄った。
次から次へと降り注ぐ雨粒は滑り落ちる度に互いを含み速度を上げ伝い落ちる。ぽかりと口を開け、幾度も幾度も、同じ路は通らず落ちていくさまを見つめていた、その時だった。
「……にいさん、いる……?」
「ラウダか?」
遠慮がちなノック音、グエルの返事を待ってから、そっと寝室の扉が開いた。顔を覗かせたのは異母弟であるラウダ・ニールである。
「ラウダ!」
そうだった、と嬉しそうに体を向けたグエルは、ラウダが困ったように眉を下げているのを見た。何かあったのか。たたっと小走りに近付くと、ほんの少し小さな手はグエルの服――裾の、それも端っこをつまんだ。
「ごめんなさい、夜なのに……なんだか寒くて。……いっしょにねても、いい……?」
「――っ! もちろん!」
弟が頼ってくれたことが嬉しくて。
グエルは、弟を困らせた原因が恐らく自分にあることなどすっかり忘れ、急いでベッドに向かった。無論、ラウダの手を引くことは忘れない。
もぞもぞとベッドに入り、子どもの体にはいささか大きいカバーをかける。
「手ぇ冷たくなってるな」
「兄さんの手は温かいね」
「二人合わせたらちょうどいいかも」
「……ふふ」
ラウダが肩を揺らす。だが、急に黙ったグエルを不思議に思い顔を上げると、兄はぽかんと口を開けて固まっていた。
「にいさん……?」
何か失態を犯してしまったのかと青くなるラウダに反し、グエルは満面の笑みを浮かべた。
「笑うとそんな感じなんだな!」
「え……?」
「笑った方が好きだな、俺」
うん、と大きく頷いて、繋いだ指先にきゅっと力がこもる。触れた指先からじわじわと熱が伝染るようで、でもそれが心地良くて、ラウダもそっと握り返す。もう寒さは感じなかった。
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