だめだよ、と咎める声は心細さをもって響いた。しんとしたキッチンには幼い兄弟以外に人の姿はない。
父は遠方に出張中、屋敷の者たちも自室に下がっている時間。本来なら二人ともベッドで眠っている筈だが、うっかり本の世界に没頭していたラウダは夕食を食べ損ねてしまったのだ。おやすみという声に重ねてぐう、と鳴った腹の虫に弟は恥ずかしさで泣きそうになり、兄はおれの出番だなと胸を叩いてみせた。
結果、深夜のキッチンに二人で侵入している。
自分の家ではあるがこんな時間に子供だけで入ることはない。グエルは小さな台に乗っていつもお菓子の入っている棚を開けた。美しい赤と金の縁取りをした缶がある。そっと取り出すと、グエルは注意しながらテーブルに置いた。僅かな音も出さないよう少しずつ蓋を持ち上げる。
中には半分ほど量を減らした焼き菓子が綺麗に並んでいた。
中央にルビーの如く赤い実の蜜漬けが乗ったクッキーを二枚取る。一枚をラウダに向けるが、弟は「だめだよ」と首を振った。
「バレたら兄さんが叱られるよ」
「おれも一緒に食べれば〝きょうはん〟ってやつだろ?」
ラウダが止める暇もなくグエルはクッキーを口に入れた。ほろりと噛んだ瞬間に崩れていく食感とチェリーの甘みに思わず素で微笑んでしまう。うまいぞ、と囁けば再びラウダの腹が鳴いた。
「このままだとおれだけが叱られることになるなあ」
別にグエル自身、それは構わないのだけど。でも子供だけで火を使うことはまだ許可されていないし、お菓子以外の場所もまだよく知らない。だからこれが今のグエルにできる精いっぱいであった。
「どうする?」
「……いただきます」
兄の意図も理解したのか、ラウダは脆いその固まりを両手でそっと持ち口へ運んだ。
さくり。
一口食べれば口の中に柔らかな甘さが広がる。菓子の味もあるのだろうが、ラウダにとっては兄の優しさがまさしくご馳走に違いなかった。
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