君を推したいだけなのに

※ラグアイドルパロ本※
※モブの一人称過多※
※それでもいい人向け※

 

 

 

***
ね、アイドルのライブって興味ない?
ランチの席で同僚が突然そう言った。アイドル、アイドルねえ。
「あんまり興味は無いかなあ」
「そこをなんとか! 一緒に行くはずの友達が風邪ひいちゃって、せっかく良い番号だから空席作りたくないんだよ~!」
「コンサートなら行くこともあるけどさあ、アイドルのライブってなんか賑やかそうじゃん」
賑やか、という言葉を選んだのは同僚への配慮だ。素直に言ってしまえばうるさそう、若い子も多いだろうし。二の足を踏む。
頷かない私に同僚はパン、と両手を合わせた。ううん、まだ粘るか。
「ほんとに、二時間一緒にいてくれるだけでいいから! ね!?」
ここのランチも奢るし、と畳みかけられて、そこまで言うならとOKした。
まさかこの日が私の人生の分岐点になるなんて。

ライブハウス周辺はむっとした熱気に満ちていた。
赤や紫、またはその両方を基調にした服装の子が多い。
アイドルの客層は女子ばかりかと思っていたけど意外に男の人もいる。三割ぐらいかな。こっちは赤いTシャツの人が多い気がする。何を着たらいいものか分からなくてモノトーンの服にしちゃったけど、何かしら色を入れるべきだっただろうか。
「お待たせ。早いね」
同僚に声をかけられ振り向く。職場とは全然違って青のグラデーションで統一されたコーディネートに少し驚く。でも推し色のシュシュをつけて揺れるポニーテールは可愛かった。
「開場前なのにもう並ぶの?」
「整理番号順に入るから、ステージの前に行くなら早めに並ぶのが鉄則なの。こっちこっち」
黒いTシャツのスタッフが列を作り始める。同僚に手を引かれるまま着いていけば先頭から数人のところで足を止めた。確かにこんなに前の方で行けないのは勿体ないかも。
「あーっ、どきどきする!」
「それ何? うちわ?」
黒いボードに視線が向く。派手な蛍光ピンクで書かれた「ラウダくんお手ふりください」の文字。周りには赤と青のハートマークが散りばめられている。これはあれか、ファンサうちわというやつか。
「自己満足なんだけどね~。ライブ行く時はどうしても作りたくなっちゃって」
「そういうもの?」
「そういうもの!」
話しているうちに扉の前でスタッフが動き始めた。もう開くらしい。隣で同僚がそわそわし始めたのが手に取るように分かる。私自身も何故かよく分からないけど緊張してきた。
「扉開きまーす。押さないで入場してくださーい!」
数人ずつチケットの番号を確認されながら中へと誘導される。相変わらず同僚の背中を追いかけながら少し位階段を下りていく。吊された暗幕の下をくぐると、そこにはぽっかりと空間が広がっていた。コンサートホールとは違う低い天井。ステージもめちゃくちゃ近い。こんなに近くていいの? 肉眼で顔が見えるじゃん。
「私前の方行くけどどうする? ぎゅうぎゅうになるの嫌だったら後ろで見てるのもありだよ」
同僚の言葉に一瞬怯むものの、こんな経験なかなかできないだろうと一緒についていくことを選んだ。すたすたと、走らないぎりぎりの速度で進む背中についていく。ほぼ最前列左寄り。同僚の推しは立ち位置が左側らしい。なるほど。
どんどん後ろに人が増えていくに従って背中に圧を感じる。押し潰されるほどではないけれど。
しばらくすると室内の明かりが落とされた。暗闇の中、ぽつぽつと光が灯っていく。ペンライトだっけ。同僚に借りた物のスイッチを入れる。同僚は青色なので、ひとまず私は赤にしておこう。高揚とざわめきが広がっていく。暗い中でもステージとの距離が近いからか、舞台袖から二人が歩いてくるのがうっすらと見えた。
中央から左右に分かれて立つ。右側の人の方が少し背が高いみたいだ。確かグエル、だったか。同僚の推しはラウダ・ニール。涼しい目元が最高に格好いい、らしい。隣を見るが同僚の視線は目の前の二人に釘付けで、話しかける余地もない。
イントロが流れ、あちこちで声が上がり始めた。甲高い声に混じって野太い声も聞こえてくる。ファン層厚いなあなんて思っていたら、突然正面から光を浴びた。
正直、そこからの記憶があまりない。
バランスの良い肢体から繰り広げられるシンメトリーなダンス。よく通る硬質な声と甘やかな声のハーモニー。黒と白を基調とした、それぞれ対になるような衣装。翻るマント。そこまで大きくないステージの筈なのに、背景に見えるのは曲をイメージした映像。
気付けば夢中でペンライトを振り、周りに合わせて遅れがちにコールを叫んでいた。
ライブも中盤に差し掛かったのか、二人でMCをしつつ客席に水分を取るよう呼びかける。熱中症になったら大変だもんね、と思いながらペットボトルに口をつけたところで、私は見た。グエルが飲みかけのペットボトルをラウダに渡すところを。何の衒いもなく受け取り飲み干すところを。客席から悲鳴に似た声が上がる。思わず隣を見たら同僚は目をかっと開いて食い入るように見つめていた。いや怖いって。
何事もなかったかのように次の曲が始まる。これまでアップテンポな曲が多かったけれど次はバラードのようだった。
あ、好きだな。この曲のタイトルあとで教えてもらおう。ゆったりしたテンポに合わせて二人は向かい合って踊っている。互いの頬を撫でるような振りにまたしても客席から溜息が漏れた。気のせいか、低い声の溜息も複数聞こえたような。気持ちは分かるが。
間奏に入ったところで視線が客席の方を向いた。グエルの方がひらひらと手を振ったり銃を撃つポーズをしたり。これがファンサか。ラウダはファンサをするというより、ファンサをするグエルを見守ってるみたいな。いやこの二人どんな関係性? 見ている間もグエルは積極的にファンサをしている。歌って踊ってファンの要望にも応えて大変だなあ、と思っていたら、蒼い瞳と目が、合った。いや気のせい気のせい。ライブ翌日の同僚みたいなこと考えてた、今。あぶな。
「……ア……」
隣から蚊のなくような声が聞こえて、横を向く。同僚は両手でぎゅっとうちわを握り締めたまま固まっていた。どうしたのかともう一度ステージに目を向ける。グエルがラウダの肩に手を置いてこっちを指差している。多分、指しているのは同僚のうちわだ。「ラウダくん」て書いてある。
直前まで澄ました表情をしていたラウダがふわりと、それこそ花開くようなとか頭に浮かんじゃうような顔で、微笑んだ。うわ、そんな顔するの。ずる。しかも挙げた片手をひらひらと小さく振って、ちょっとこれ大丈夫? 同僚の命が心配になる。でもそんな私の視線はグエルから外せずにいた。なんでか分からないけど。目が離せないってこういうことなのか。
ごきゅ、と喉が鳴る。その時、私が持っていたペンライトの色に気付いたのかグエルがこっちを見た。人差し指を立てて私に向ける。「ばん」そう、彼の口が動いた。右目のウインク付きで。
そこで私の記憶は完全に途切れた。
気付いたら同僚と閉店間際のタワレコにいて、手には二人のCDが全部入ったショッパー。スマホの画面にはファンクラブの入会受付を示すコメントが映っている。
「……げんじつ?」
「ようこそ、ジェタ兄弟の沼へ!」
満面の笑みで差し出された手を握る。
ちょっと待って、今「兄弟」って言った?

 

 

 

***
定時ちょうど、セットしていたアラームが鳴る。
スマホに手を伸ばしながら流れるように席を立つと、斜向かいの同僚と目が合った。
(行ける?)
最早アイコンタクト。うん、と頷いて揃って「お疲れ様です」と言えばあとは無敵の時間。そう、今日は二人の新譜発売日だ。

「ありがとうございましたー」
玄関で宅急便のおじさんを見送る。手にした二つの封筒。日付変更と同時に配信されたし、一か月前から流れているPVは舐め回すほど聴いてるし見ている。それでもやはり形として手に取れるのは何にも代えがたい。ブックレットも一緒に見ようと二人とも我が家に届くように注文した。同僚――友人は二人分の紅茶とお菓子の準備をしてくれている。
宝物を抱えるようにして部屋に戻ると「来た!?」と目を輝かせた彼女が待っていた。
「来た!」
「わー!! ジャケットも良かったよねえ」
「裏面分からなかったから早く見たい!」
早く早く、とCDを取り出した途端、私はベッドに倒れ込み、彼女はテーブルに突っ伏した。
「……………………やば」
「これは……ちょっと………………むり………………」
「え、ていうかラウダ似合いすぎじゃない?」
「グエルくんもこんな格好いいなんて聞いてないよ?」
私たちが爆発するのも無理はない。今まではひらりとマントが舞う正統派(?)衣装が主だったのに、今回は黒いレザーを基調とした身体のラインに沿ったデザインをしている。それだけでも二人の体躯が整い脚の長さを強調しているのに、グエルくんは逞しい二の腕をと脇腹を惜しげもなく晒し、反対にラウダはほとんど黒に包まれ露出はレザーのハーフグローブから覗く手首だけ。こちらを真っ直ぐ見つめるラウダの肩にグエルくんが肘をかけ、挑発的に視線を向ける。そんなの、ここで気絶しなかったのを褒めて欲しいくらいだ。
「………………しにそう」
「同意しかない。……聴く?」
「ちょっ……と、一回お茶飲ませて」
確かに、いつの間にか口の中がカラカラだった。テーブルの上にジャケットを伏せて置く。目が合うとまた倒れそうなので。けれど私たちは知らなかった。この一時間後に二人がSNSで特大の匂わせを流すことを。
【同僚から沼に沈められたグエル推し】

いや、ていうか二人が兄弟って何? しかも同い年? なのに兄弟? ちょっとよく分からないんだけど二人がそう言うならそうなんでしょう。私は二人についていくだけ。でもこれで一つ謎が解けた。いつもインスタでグエルくんが上げる写真の端々にラウダの私物が写り込んでいた訳が。兄弟なら一緒に暮らしてるんだもん、そりゃ私物の一つや二つや三つや四つ……いや、待って? いくら仲良いにしても全部に写り込むことなんてなくない? 最初――グエルくんがインスタ始めた頃こそは、ファンが二人分の料理や飲み物、お揃いのシャツ(の裾の端っこ)に悲鳴を上げてたらしいけど、今じゃ「はいはいブラコンブラコン」で流してるのは聞いた。聞いたけど……そんな毎日ずっと、ってあり得るの!? 私は弟がいるけどそんなふうにべったりしたことないよ……まあ二人でアイドルしてるぐらいだから仲はすごく良いんだろうけど……あ、また更新されてる。……ラウダ、今回は自撮りしてるグエルくんの横にいるんだ。グエルくんの肩に置かれたレザーの指先、絶対そう。アイドルとしての二人が好きなはずなのに、ラウダに対する心境はどうにも認めたくない類のもので、私は一度そっとスマホを置いた。

【同僚を沼に沈めたラウダ推し】

お、今日の更新だ。インスタの通知に画面を確認するとラウダの投稿がされたことを告げている。急いでタップする。今日は動画。珍しい。けれど見た瞬間、私はぎしりと固まった。停止した思考とは裏腹に右手は同僚へのラインを打ち込んでいる。
『見た????、ん!???』
すぐに既読がついたものの返信はない。多分、私より衝撃が大きいはず。
だってあっちはグエル推し。
推しの寝顔……それも動画なんて、瀕死じゃないだろうか。
私は私で「兄さん、お疲れさま」の文字に倒れそうですが。
とりあえずこの後通話がかかってきたら即会いに行くべく、冷蔵庫の中を見た。
お酒、買って合ったかな。

 

 

***
「あの……すみません」
ライブ会場に入った瞬間、胸のうちから湧き上がる興奮はいつだって特別なものだ。チケットを見ながら座席の番号を確認していく。アリーナの真ん中ぐらい、左寄りのブロック。通路側から一つ入ったところは出入りがしやすくてラッキー。トイレも早めに済ませたし前後左右の席はまだ空いてるし、と入り口でもらったフライヤーを見る。前回ライブの円盤……は予約した。アルバムも二種類予約済み。特典違いだけじゃなくて一曲別のを入れてくれたのは個人的に嬉しい。ジャケ違いも最高。あとは、と次のフライヤーをめくったところで低い声が左から聞こえてきた。咄嗟に顔を上げると随分高いところに相手の頭がある。
「えっ」
「俺、前の席なんですけど多分視界遮っちゃうから……すみません」
確かに言われてみれば――座っている状態だと余計に――かなり背の高い人だと分かる。彼が目深に被った帽子を取ってぺこりと頭を下げると前髪がふぁさりと垂れた。長い髪は後ろで緩く縛ってある。
「あの……?」
何センチくらいあるんだろ、と思いながらぼーっとしていたらしい。お兄さんが不安げに首を傾げている。
「あっ、すみません! そんなの全然気にしなくて大丈夫です! 座席は運だし、一緒に楽しみましょ! それにこの会場ならわりと傾斜ついてるので、遠慮とかなしで!」
「……ありがとうございます」
うわ、やば。
服の上からでも結構がっしりした体なのが分かるのに笑顔は子犬系とか。誰のファンなんだろ。
「あのー、誰推しですか?」
「えっ」
席に着いたその人に後ろから話しかける。一人参加だからってこんなふうに話しかけたことないけど、なんとなくお兄さんは話しやすかったから。それにこの人の声、すごく心地良い。
「ちなみに、私はラウダ推しです」
箱推しもしてるけど、単推しはラウダ一筋だ。あの冷たい視線で見下ろされると最高の気分になる。なかなか賛同者には巡り会えないのがつらいところだけど。
「俺も、お……ラウダが一番好き、です」
「ほんとですか!?」
「……はい」
うわ、うわ。はにかむように笑うともっと可愛い。自分よりずっと大きな人に可愛いって言うのもどうかと思うけど、可愛い。本当にラウダのこと好きなんだなって思う。あと多分お互いに同担歓迎っぽくて良かった。
もっとラウダのどこが好きなのか話したかったけど開演時間が迫って周りの席も埋まっていく。お兄さんは隣の人にも頭を下げていた。めちゃくちゃいい人じゃん。
開演のアナウンスと共に会場が暗くなっていく。
湧き立つ歓声。会場を埋め尽くすペンライトの海。レーザーが空間を貫く。
ああ、この日のために頑張ってきたんだ。
推しのシルエットに全力で叫ぶ。その先は、ある瞬間から記憶がない。

推しのファンサを受けるのなんて何万分の一の確立で、目立つ服を着てもうちわを作ってももらえない時はもらえないし、もらえる人は一発でもらえる。そんなの座席以上に運の世界だ。それなのに。
「……かおがよかった…………」
「ライブ、楽しかったんだねえ」
良かったね、とキーボードを叩きながら同僚が言う。仕事中に上の空になるのも今日ばかりは許してほしい。明日からちゃんとやるので。多分。
「目が合ったと思ったの……」
「思った? 合った、じゃなくて?」
「うーん」
思わず唸ってしまう。あれは、あの一瞬は、推しの視界に私が入ったのかと全身感電したような興奮が走ったが、思い返すにつけて「違う」と脳が否定する。
ラウダは、私の推しは、ファンをあんな目で見たりしない。慈愛に満ちた、幸福そうな瞳では。

あの日、ラウダがステージ端へと向かってきた時。
私もお兄さんも一際高くペンライトを掲げて振った。気付いてほしい、というよりはあなたの推しがここにいるって教えたくて。
少し硬質な、でも透き通るような歌声が空間を貫いていく。
スタンドの席に軽く手を振り視線をフロアへと向ける。指ハートやウインク、お手振り、いくつかの答えやすいファンサを投げたラウダがこっちまで来た。歌いながら何かを探すように客席を見ていたラウダが、その一瞬、動きを止めたように見えた、 その時。
私の――私たちの方に向かって、ラウダが撃ち抜くポーズをした。珍しいラウダのBANGに周辺が波のようにざわめく。興奮を超えすぎて息を止めていた私は、すぐ前にいるラウダ推しのお兄さんを見た。見ましたか、撃ち抜かれましたか。私たちの推し、やばすぎない?
果たして興奮して拳を突き上げているかと思ったお兄さんは、片手で顔を隠すようにしていた。まるで恥ずかしくて隠れたい時にするみたいに。

「あれは何だったんだろうなあ」
「うん?」
「今まで推しと目が合ったって言われたら気のせいじゃない? って思ってたのに、きっと気のせいじゃないし目が合いそうだっただけの時は本当に合ってなかったって分かっちゃったっていうか……」
「そういうもの?」
「たまたま近くにいたからほぼ真正面で推しの顔面見ちゃったのは僥倖でしかないんだけど」
「うん」
「でも推しが他人見てめっちゃ幸せそうに微笑むの見るのはなんか悔しいっていうか~~~」
あああ、と突っ伏した私の背を同僚が撫でる。優しい。いつか一緒にライブ行こ。
それはそれとして、同担のお兄さんと連絡先の交換ぐらいしておけば良かった。あまりの衝撃に記憶がない部分が多いけど、お兄さんの綺麗な瞳と優しげな笑顔だけはよく覚えている。どこかで見たような気もするけど。
隣で書類を作っている同僚が、そのお兄さん――グエル・ジェタークにハマるのは、まだしばらく先のことだった。

終演後。
「兄さん! 今日来てくれたの!? 言ってくれたらチケット送ったのに!!」
「自分で取るからいい。お前だって俺のライブはそうしてるだろ」
「でも、最前列の兄さんからウインクもらいたかった……」
「いや、お前……」
「僕のファンサ分かった?」
「分かったけど、ああいう分かりやすいのはやめろよ? また炎上するぞ」
「炎上だなんて。僕のファンは僕が兄さんのこと大好きなの知ってるから大丈夫だよ」
「でも一部は違うだろ」
「心配してくれるの?」
「……俺たちの関係もまだ公表していないし、危険な目に遭わないとも限らないからな」
「っ、兄さん!」
「うわっ、セット崩れる! いいからちゃんと戻って撮影受けてこい。待ってるから」
「すぐ終わらせてくる!」
***
チェキ会なるものがあるという。
同僚から「チェキ会行かない? グエルに会えるよ」と言われて即承諾したものの、そもそもチェキ会がどんな場所かよく分からないのだ。ひとまず文明の利器に頼る。
――チェキ会、推しと写真を撮る、推しと話す。
うん、無理。
「諦めるのが早い!」
「だって至近距離で見たら目が溶けちゃう! 無理!」
「大丈夫だって。兄弟のチェキ会はルールめっちゃ厳しいから」
「ルール?」
「そ、ルール。メン地下(メンズ地下アイドルの略称らしい)だとキス以外はOK~みたいな緩いルー」
「キス以外はOK!?」
「まあ落ち着いて。そういうグループもあるってだけで、兄弟は基本お触りNG、ポーズも公式指定のやつがいくつかあってそこから選ぶ、話す時間は十五秒だから」
「じゅうごびょう……」
「長いか短いか感じ方はその人によるけどね」
十五秒。目の前にグエルくんがいて、一緒に写真を撮って、それから……話す? 何を!?
「ど、どうしよう……」
「目の前に立ったら飛んじゃいそうな子は話したいこと書いたうちわとかボード持ってくこともあるみたいよ?」
なるほどその手があったか。目から鱗だ。
「今夜、いい?」
「勿論!」
そうして私たちは帰り道に百均へ寄って帰ることにした。

あっという間にチェキ会当日。
ポーズは片手ハートにした。直接隣でやるのは緊張で倒れそうだから、グエルくんの上半身と私の手元だけが写るようなポーズだ。これなら多分、なんとか。ぎりぎり。
同僚は「私も同じポーズでラウダと撮ろう」と言っているけど、近付いても平気なら他のポーズでもいいのに。そう言ったら
「二人で反対側の向きにすれば兄弟がハート作ってる写真にも見えるじゃん?」
だそうだ。天才なの?
緊張感で吐きそうになりならが目当ての列に並ぶ。隣で一足先に彼女がブースへ入っていく。中の様子はまだ見えない。この中にグエルくんが。本物? 当たり前か。どうしよう、髪型おかしくないかな。うちわの文字ちゃんと読めるかな、ポーズのイラストも入れたけど分かってもらえるかな。
「次の方どうぞー」
「は、はいっ」
スタッフさんが開けてくれたカーテンの内側に入る。
「こんにちは! 来てくれてありがとう」
「……ひぇ…………」
ひゅっと喉が鳴って、声が張り付いて出てこない。
だってそこに、グエルくんがいた。
ピンクの前髪も、空色の瞳も、すらりと高いのに鍛えられた長身も、穏やかな声も、全部全部、グエルくんだ。
肩出しで指ぬきグローブって何。無理。
両手で握ったうちわが震える。
目敏く気付いてくれたグエルくんが何も言えない私の代わりに読んでくれる。
「チェキ会、初めて来ました。かっこいいのに可愛い……俺が……好き? 可愛いのかな?」
首を傾げる仕草、もうそれだけでおつりが来る。あとなんかいい匂いがする。無理倒れる。
「初めてで俺を選んでくれて嬉しいです。ありがとう。あ、写真のポーズ決まってる」
はっとして必死に頷く。もう首がもげてもいい。
「お姉さん、首痛くなっちゃいますよ?」
って心配してくれるグエルくん、やっぱり天使かもしれない。
カメラの方に向かってグエルくんが片手をハートの形にしてポーズを取る。スタッフさんに導かれながら私も自分の手を掲げた。
「ネイル赤にしてくれてるんだ」
「ぐえる、くんの、いろ、だから」
「嬉しいなあ。ありがとう」
必死で絞り出した声に、グエルくんが柔らかく微笑む。ステージで踊っている時とのギャップにもう何が何だか分からなくなりそう。それなのに、カメラのシャッター音が鳴る瞬間、いつものかっこいい顔になる。……プロ、なんだ。
「それでは交代でーす」
「あっ……」
スタッフさんに出口へと促される。
「また、またライブ行きます!」
「うん、待ってます!」
にこやかに手を振ってくれた。私に。なんだろうこの多幸感。今なら何でもできる気がする。
出口で手渡されたチェキをそっと持って外に出る。案内に沿って会場の出口まで向かうと彼女が待っていた。その目は爛々と輝いている。
「どうだった!? 初チェキ会!」
「…………生きてた……」
「分かる」
うんうんと頷いて肩を叩かれる。温かい。現実だ。
「そろそろ見えてきた?」
「あ、うん」
手に持っていたチェキの、黒い部分に写真が浮かび上がってくる。場所を移動しながら一旦ベンチへ腰を下ろすと完全に現像されるまで待つ。
「私のもあとちょっとかな。ラウダね、今回珍しくピアスしててびっくりしちゃった」
「ピアス?」
ピアス。グエルくんはどうだったろう。思い出そうにも記憶がない。
「出た! うわあ、顔がいい」
「私のも……手の角度、いい感じだ。カメラマンさん流石だね」
「プロだもんね。そっちのはどう? うわー、かっこよ!」
「うん。かっこよかった……優しくて、あといい匂いがした……」
「分かる……体臭ないのかな?」
そんなことはないと思うが、そう感じる気持ちは私も分かる。
じっと見ていると、グエルの左耳にもきらりと何かが光っていた。
黄金色の石。彼にとても似合っている。
「ねえ、グエルくんもピアスしてた。ほら」
かっこいいよね、と言おうとした瞬間。
「えっ、あ? あ――――」
「えっ何、どうしたの!?」
突然蹲った同僚は「そういうことかあ。負けたわ」と吐き出すように言った。具合が悪いわけではないらしい。
「大丈夫……?」
「グエルのピアス、何色?」
「えっと、黄色……? 琥珀っぽいかも」
「でね、ラウダのピアスは青なの。水色がかった青。透き通るような石の」
分かる? と二枚のチェキを並べられる。左にラウダくんの、右にグエルくんの。
こうやって見ると二人がハート作ってるようにも見えるな。
「よーく見て」
多分そこじゃないらしい。
言われた通り、じっくりと二枚を交互に眺める。二人とも本当にかっこいい。
「――あれ? このピアスの色って」
もしかして。
「だよね!? どんだけお互い大好きなの!?」
互いに、瞳の色を模したピアスを片耳ずつ。
まさか推しに会いに行って他者への惚気を食らうなんて。
でも二人が仲良しなら安心して推せるね、と言ったらなんだかすごい顔をされたが、このあと二人でピアスを買いに行くのは既に確定事項だった。

 

 

 

***
アンコールの拍手と声援が鳴り響く。私も彼女もライブが終わった頃には手が真っ赤になってるだろう。それでも、少しでも彼らに気持ちを届けたくて。
会場全体が明るくなる。ステージの下手から二人が出てきた。アンコールはいつもライブTシャツにメンカラのリストバンドを着けて登場するのがお約束。
でも、その日はいつもと違った。いつもは自分の色を身につけているのに、今日はそれを交換していたのだ。グエルくんが青、ラウダが赤。
「え」
「うわ」
「ひっ」
会場中から様々な悲鳴が漏れる。グエルくんはちょっと楽しそうに、ラウダはいつも通りクールな様子で頭を抱えるファンを見下ろしている。二人が手を振る度にファンの視線は手首に注がれた。
「……むり」
同僚は私の腕に捕まりながらも、視線は真っ直ぐにラウダ。流石だ。
「それじゃあラスト、盛り上がっていくぞ!」
ライブは大変盛り上がったけれど、リストバンドについては最後まで何の説明もなかった。
興奮の余韻を味わいながら、グエルとラウダは汗を拭いていた。ステージ上はスポットライトの熱で焼けそうなほどに熱い。それでも声を上げ、手を振ってくれるファンと作り上げる空間は何物にも代えがたいもので、心地よい疲労感に自ずと笑顔が浮かんだ。
「みんなびっくりしてたな」
「そうだね。僕も驚いたけど。突然リストバンド交換しよう、なんて」
アンコールに出る直前、兄から提案されたそれを一も二もなく承諾すると、ラウダは右の手首に収まっている青いそれを交換した。赤いリストバンドには僅かに兄の体温が移っている。
「お約束の展開もいいけど、たまにはサプライズもって思ったんだ」
「いいんじゃないかな。ファンの子たちも正気に返ってからは喜んでくれてたし」
「正気に?」
「兄さんのサプライズは大成功ってことだよ」
それなら良かった、と笑う兄にラウダは一つの提案をする。
「せっかくだからインスタに投稿しようよ。ほら、二人の腕を写してさ」
リストバンドを嵌めた手を前に出す。グエルも同じように腕を出すと、上から写真を撮った。すいすいと端末を操作したラウダが投稿を済ませる。
しばらく通知が止むことはなかったし、後日の大型ライブでまたしても交換したまま登場した二人に、SNSは一層湧き立つのだった。

2件のコメント

ささみの

志保さま

こんにちは。
先日はご返信ありがとうございました。
教えていただいたアイドルパロも読ませていただきました。
ありがとうございます。
仲良しな兄弟は嬉しいし、ファンの悲鳴も楽しいです。
自分からアピールするみたいなグエルなのにファンの反応には気づいてない?
一方ラウダはわかってるんですね。
夢的なファンと腐的なファンの反応はそれぞれ違うんでしょうけど。
なんというか、アイドルパロも良いものですねえ。絶対かっこいいもの。
他のお話もこれから読ませていただきますね。

さて、あまりXを見ていないのですが、今日見ていたら志保さまが二日後に入院されるとのこと、全然知らなかったので心配になってしまいました。
予定されているのだとしたら急病ということはないのでしょうけれども、とにかくお大事になさってくださいませ。

ささみの拝

返信
tunetherainbow

ささみの様
こんにちは。
こちらこそ、作品を読んでくださってありがとうございます。
また体調もご心配いただき感謝致します。手術も無事終え、今は自宅療養中です。
グエルくんのフィギュアをいつ開けようか悩むぐらいには元気も戻ってきました。
アイドルパロは書いている間も、読み返してみても楽しかった思い出ばかりです。
ファンの形にもいろいろありますものね。私は大概夢気質腐ファンになってしまうので、そのへんは漏れ出てそうですが…。笑
ラウグエの小説は基本的にこちらのサイトへすべて収納しておりますので、冬休み(でしょうか…?)に少しでもお楽しみいただければ幸いです。
それでは、よいお年をお迎えください。
志保 拝

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