自慰行為を覚えたのが兄より早かったのだと理解したのは、ある昼下がりのことだった。メイドたちの目を盗むように連れ出されたのは屋敷の片隅。人工太陽の明かりが作る木漏れ日に、兄さんの瞳が揺らめく。
「おい、ラウダ。聞いているのか?」
「……え? あ、ごめんにいさん。ぼーっとしてた」
「まったく……いつまで経ってもこどもだな、ラウダは!」
子どもだと言うわりに嬉しそうな顔で笑う。突然できた「弟」に、彼は初めからこうだった。あの時もきらきらと輝く瞳から目が離せなくて、じっと見つめていたら「だいじょうぶか?」と心配されたものだ。
けれど次の瞬間、兄は深刻な顔をしてぎゅっと眉を寄せた。キョロキョロと辺りを見回し、こっちに来いと顔を近づける。
「……お前、下着はどうしてる?」
「下着? ふつうにはいてるけど」
「そうじゃない! その、ほら、あれだ」
「なに?」
「下着がよごれた時だよ」
「おねしょ?」
「違う! そっちじゃなくて……」
歯切れの悪い言い方に、真っ赤な顔。いくら鈍い僕でも分かる。
「ああ、夢精した時のこと?」
「むッ……!!」
「ごめん兄さん、違った?」
「ちが……く、ない……が……」
もごもごと何か呟いて下を向く兄さんの耳に目が行く。頬以上に赤く染まったそこを噛みたい衝動に駆られるものの、すんでのところで踏みとどまった。一つ深呼吸をする。
「僕は部屋の洗面台で洗ってから寝間着と一緒にしておくよ。中に入れちゃえば濡れてるかどうかなんて気にしないだろ」
「そっ、そうか! そうだよな!」
なるほど、とか言わない方がいいよ兄さん。色々バレるから。僕としては兄さんのことなら何でも知っておきたいからいいけど。
「急に悪かったな!」
バシバシと背中を叩かれる。いたいよ、なんて笑いながら内心は荒れていた。兄さんはどんな夢を見て夢精したの。普段は何に興奮するの。どんなふうに自慰をするの。気になると止まらないが、訊けるはずもない。
一人すっきりした顔で立ち上がり、「ん!」と手を差し伸べる兄に抱くこの気持ちが何なのか、名前をつけるべきか否か未だ迷っている。
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