狙いを定めて

客席がザワつく。このイントロは珍しい客降りがある曲。しかもラウダが客の手を取ることもある。グエルはガチ恋増やしすぎて事務所NGならぬ弟NGが出たらしい。
「来たっ! ……え?」
嘘。
こんな夢みたいな。
ラウダの視線がこっちを見る。万が一、億が一ってこと⁉ うちわを握り締めた瞬間、隣にいたグエル推しの男性が崩れ落ちていった。

(1日1ラウグエより)

***

 

今日は新アルバムの曲がメインだろうとばっちり予習してきたのに、次の曲のイントロが流れた瞬間オレは勢いよくペンラを振っていた。ジェターク兄弟には珍しい客降り曲。グエルが手を取ることは最近はほとんどないけど、それでも近くを通ってくれたら。目と目が合ったら。残り香を感じられたら。たらればを言ってもしょうがないけど興奮は収まらない。周りのファンも静かにヒートアップしている。
「来たっ!」
隣のファンが小さく叫んだ。悲鳴に近い。気持ちは分かる。
とはいえ、オレの席は今回下手側。こっちは基本ラウダの立ち位置になることが多い。今日もそう。グエルはと視線で追えば上手側の通路に向かって階段を降りていくところだった。勢いを増すペンラに笑顔とファンサで応えている。いいなあ。白を基調にした王子様衣装もめちゃくちゃ似合ってる。ゆるくひとつに結んだ髪を前に流しているのも色っぽくて格好いい。バチバチにキメてるグエルは勿論最高だけど、王子様系も似合っちゃうんだから。オレの推し、最高。
「えっ」
ひっくり返った声が隣から聞こえて意識が戻る。でも興奮というより驚愕に近いような。
「えっ!?」
突然手を取られ、今度はオレが叫ぶ番だった。
細いのに力強い指がそっとオレの手を持ち上げる。
ままま待って、ちょっと待って、なんでオレ今ラウダに手を取られて!? どういうこと!?
目が離せないままラウダは手の甲に唇を寄せる。隣の女子が悲鳴上げてる気がするけど悲鳴を上げたいのはオレの方です!! 声出ないけど!!
「このまま僕と Shall we kiss?」
歌詞だと分かっているのに頭がついていかない。いや待ってちょっと待ってこれ客降りファンサなの知ってるけどキスはほんとにしないよな!? え!?
固まるオレの顔を見てラウダが口元だけで笑う。仕方ないなって、困った恋人にする仕草みたいに。解かれた手がふらりと落ちる。てかもう無理、立ってらんない。
「……? …………??」
蹲っても目蓋の裏に浮かぶのは整ったラウダの顔。涼しげな目元。薄い唇。
(……意外としっかりしてたな)
手を握って、開いて、感触を反芻するように。
黄色い声が湧き上がる。どっちのファンサだろ。
よろよろと立ち上がった目の前をグエルがウインクしながら通り過ぎる。もうオレのライフはゼロだった。

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