父さんに呼ばれることは滅多にない。
父さんは仕事で忙しいから、おれたちのために一生懸命働いてくれているから、だから寂しいなんて思っちゃいけないし、そうあるように努力してきた。母さんが家を出てからは余計に忙しそうにしてて、おれはなんて声をかけたらいいか分からなくて。
それでも父さんがおれに用事があるって聞いたら嬉しくなって、怒られないぎりぎりの速度で父さんの部屋まで急ぐ。
扉を開けたら珍しく上着を脱いだ父さんがソファに座ってた。
「グエル」
名前を呼ばれた。それだけでおれは嬉しくなってしまう。父さんがぽんぽんと叩いたソファへ座る。まだおれの体には大きすぎて膝が伸びてしまうソファも父さんが座るとぴったりで、早く大きくなりたいな、なんて思った。
「今日の仕事はもうおしまい? 家にいられるの?」
「ああ……明日は朝早いからな、今日は一緒に夕飯がとれるぞ」
「ほんとに!?」
父さんと一緒にごはんを食べるのなんていつぶりだろう。いつも一緒に食べてた母さんがいないから、最近はずっと一人で食べてた。同じ料理のはずなのに全然おいしくなくて、でもそんな顔をするとみんなが悲しそうにするからいつもと同じようなふりをして食べて。今日はきっとおいしく食べられそうだ。
にこにこしてるおれとは反対に父さんは苦い薬でも飲んでる見たいな顔だ。もしかして具合悪いのかな。それなら早く休んでほしい。
「グエル、明日この家に家族が一人増える」
「えっ」
えっ。思ったのと声に出たのがまったく同じになった。家族が増える? どういうこと?
「実は、お前には同い年の兄弟がいてな」
「きょうだい……」
「生まれはお前の方が少し早いか」
きょうだい。兄弟。
母さんはおれ以外を産んでないから、ということは。
父さんの表情の意味を、そして母さんとの別れの意味を唐突に理解した。
そうか、だから母さんはおれを置いて出ていったのか。
「名前はラウダといって、明日からうちで一緒に暮らすことになった」
仲良くしてくれるか、と聞く父さんの声がびっくりするぐらい静かで、ああ、父さんにも怖いものがあるのかと。そんなことを思った。駄々をこねたら困った顔をしておれを構ってくれるのかもしれ
ないけど、大好きな父さんを困らせたくなんてない。さすがは俺の息子だ、グエル。いつだって父さんにはそう思っててほしいから。
それならおれにできることは一つだけ。
それに、弟がいるってことは一緒に遊んだりごはん食べたりできるってことだ。ラウダの母さんって人が一緒に来るとは言ってなかったし。
「父さん」
「なんだ?」
「ラウダってどんな子? 外で遊ぶの好きかな?」
少し大げさにわくわくした様子で聞けば父さんはほっとした顔で笑った。
「どうだろうな。俺もあまり多くは会ってないから最近の様子は分からん。ただ、勉強は得意みたいだぞ」
「勉強……」
「家庭教師にも来週から二人の授業に変えてもらわんとな」
父さんに聞いてもあんまり詳しいことは分からなくて、でも話しているうちに興味がわいてきた。ラウダ。どんな子なんだろう。おれの方がお兄さんなんだから家のことや遊びのことを教えてあげなきゃ。勉強……は宿題を助けてもらおう。それで一緒にごはん食べて、一緒にお風呂入って、それから寂しがってたら一緒のベッドで寝てやるんだ。考えてたら楽しみな気持ちの方が大きくなってきた。でも最初はおれが兄さんだってきちんと教えてやらないと。最初がカンジンだって先生も言ってたし。
その日の夜は久しぶりにそわそわして寝付けなかった。
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